HALL REPORT
空と大地と人がつながる、新しいエンタテイメントステージ
TACHIKAWA STAGE GARDEN
~音楽を好きになる街を目指して~
HALL REPORT
空と大地と人がつながる、新しいエンタテイメントステージ
TACHIKAWA STAGE GARDEN
~音楽を好きになる街を目指して~
HALL REPORT
空と大地と人がつながる、新しいエンタテインメントステージ
TACHIKAWA STAGE GARDEN
~音楽を好きになる街を目指して~
劇場が新しくできる。そのことは文化の発信拠点が立ち上がったことに加え、社会的な見地からも街に変化を与えることになる。新しい建物が出現し、そこには最新のアイデアやテクノロジーがつぎ込まれることになり、催しに参加する観客は最適かつ快適な空間を手にすることができる。また劇場周辺には新しい店舗が建ち並び、加えて公園や広場といった憇うためのエリアも整備され、人が集いまたその流れもこれまでと違った変化を生み出す。
「TACHIKAWA STAGE GARDEN(立川ステージガーデン)」は、JR立川駅から徒歩8分。多摩モノレールに沿って北上した広大な敷地に立地する。テーマは「空と大地と人がつながる、新しいエンタテインメントステージ」と題し、敷地全体を俯瞰したスケールの仕掛けを持つ。
音響面のトップに立ち采配を振るったのが「東京音研(東京音響通信研究所)」の代表を務める菊地 徹氏。氏の斬新なアイデアや思いがそこかしこに広くそして深く刻まれ、最上といえる環境が構築されている。そして菊地氏が掲げるプランを漏らさず受け止め、実現に導いたのは「ヤマハサウンドシステム」の精鋭たち。
あいにくの梅雨模様となった6月25日、われわれ取材班は楽屋入り口で感染予防のための厳密なチェックを受け館内へ。ホールやバックステージへの案内を受けた後、音響技術者とは思えない思考の柔らかさで音楽、そして音を語る菊地氏に興味が尽きないアイデアの数々を。そしてその両脇を固める「ヤマハサウンドシステム」吉村紳平氏と宮本進也氏からは綿密な工夫とその実際を訊いた。
ホールを拠点に音楽溢れる街にしたい
プロサウンド(以下、PS):
おはようございます。先ほどは館内をくまなくご案内いただき、ありがとうございました。あちらこちらに興味深い工夫や壮大で考え抜かれた仕様が見て取れ驚いています。念のため確認しておきたいのですが、今回この「TACHIKAWA STAGE GARDEN」の音響面については菊地さんのアイデアやプランを「ヤマハサウンドシステム」さんが実現された。そうした流れと捉えておいてよろしいでしょうか。
菊地:はい、設計/施工/音響/沢山の劇場計画プロジェクトスタッフの方々との数々の議論やご協力がありましたが音響面についてはそうした流れです。
PS:経緯としましては、今回は劇場側から菊地さんに依頼があったとのことでしたが。
菊地:はい4年ほど前にこの劇場の設立を主導した立飛(たちひ)教育文化振興会の理事長である藤田敏明氏から声をかけていただいたのですが、実は古くから一緒に仕事をしてきた間柄で、大プロデューサーと呼べる方なのです。立川にホールをつくる、ついては音響面を任せたいと。そのなかで一番のポイントとして「外に開かれた」ものにしたいと。また、「TACHIKAWA STAGE GARDEN」の設置者は、「株式会社立飛ホールディングス」という会社で元は飛行機を作っていた経緯があり、このあたりの膨大な土地を保有しています。どのような街したいかというテーマがまず「音楽を好きになる街」。街の長手の辺が500メートルにもおよぶ3.9ヘクタールの敷地に計画されたのです。
PS:JR立川駅から北方向へモノレールに沿って北上する格好ですね。
菊地:ええ、その細長い長方形の新しい街“GREEN SPRINGS”の、立川駅側から見ると一番奥に音楽ホールをつくりたいと。その後、飛行機が空へ飛び立つイメージを持つ街全体のデザイン案が浮上してきました。カスケードと呼んでいるのですが、敷地内の公園からホールの側面を通りホール屋上へと一直線につながっています。カスケードには水が流れ、滑走路から飛行機が空へ飛び立つイメージを象徴しているのです。音も空に向かって響いてほしい。イメージが繋がりました。
PS:さらにホールから道路を挟んだ北側には大型家具量販店のIKEAがありますね。
菊地:そうです。例えばIKEAへの行き帰りや、また日々この公園を通って往き来する人々がいます。都心とちがって空が広く、その空の下で子供達からお年寄りまで、ホールのある場所から音楽が聞こえてくる街。そういったイメージですね。
PS:具体的に発端はいつ頃の時期になるのでしょうか。
菊地:私のところに話をいただいたのは2015年です。ホールの建物、そして街を加えた音響設備をほぼ同時にプランしていきました。システムについて相談をしたのが「ヤマハサウンドシステム」の宮本さん。実際に工事が始まってから私の思いを実現してくれたのが吉村さんです。
PS:そこに至るまでの間でもうひとつ大事なことを確認したいのですが、菊地さんがイメージの提案を受け、実際に使われた機材はさておき頭に浮かんだもの、ぼんやりとしたものだったかも知れませんが、少しほぐして聞いておきたいのですが。
菊地:45年も音響の世界にいると、ホールだけでも8000回以上、仕事をしているわけです。さらに野外のコンサートもさまざまな経験をしました。そうしたなかで屋内の音を外へつなげることがいかに難しいかは容易に想像することができました。今回はその点をクリアしたい。必要なことすべて初めてのことばかりでしたので、その辺りを色々と宮本さんに相談するとすべて「できます」と。
PS:音響の場合は一般的に閉じられた空間か、屋外の開放された空間、どちらかですね。しかし今回は遮ることも必要、外とつなげることも必要。どちらもすべて機能しないといけないわけです。それを菊地さんはどういった考えでぶつけて行かれたのでしょうか。
菊地:まず、私が例えばこれは可能ですか、またこちらは如何かと相談すると、全部できると仰るのです。つまりホールの後壁扉を閉じた、いわゆる劇場の状態で完結すること。次に後壁扉(スライディング・ウォール)を開け、公園につながる石段のところまでで完結する。さらに公園も含めた全体でも違和感なくホールの方向から音楽が聞こえる。またカスケードから屋上に昇ると富士山をのぞむ眺望が開けるのですが、そこにも音楽を、そこへ向かう途中にも音楽を。つまり新しくできる街全体が音楽で盛り上がるといったことなのです。
そんなビジョンをYSSがハードウェアに置き換えていく
PS:そうした内容を宮本さんに伝えられたのですが、スパッとできると仰ったような印象を受けています。
宮本:即答したわけではありませんが、弊社はホールだけでなく競技場などの屋外音響設備なども担当します。ホールでは屋内が中心ではあるものの、菊地さんの「ホールの外にも響かせる」ということを伺っていると、「こうした組み合わせならいけるかも」と技術的な構想が見えてきました。そこからスタートしています。菊地さんからそれは、もうどんどんリクエストをいただいて、そうしたアイデアやモチーフを元に多くの試行錯誤と対話を重ねました。例えば計画されている機材が本当に必要かどうか。また屋外スピーカーはホール内と同じメーカーでないとダメ、といった想いなどを聞き、強い熱意を感じたのです。私もそれを受け、菊地さんが思い描かれる理想像のためには、例えばこうしたものが必要です、といった提案を続け、また運用面(ソフトウェア)という切り口からは、「ホールの内部と屋外を仕切る運用、あるいは逆に開放して屋外と同一空間とみなす運用時には切り替え操作が必要になるね」と仰る。そうした意見を熟考し「あのマシンを使えば…」それを具現化につなげたことになります。
PS:いわば菊地さんの考えをハードウェアに変換したわけですね。そこでの苦労を含めた印象深いところなどはいかがでしょうか。
宮本:さまざまありますが、このホール内部は大型ライヴハウスという面もあり、心に響く大音量も必要です。一方屋外側は、音量というよりは高い音品質を提供しなければ内部と屋外が一体にならないと強いメッセージがありました。私自身はそこへの理解に少々時間が必要でした。屋外は言ってしまえば一般的な防水型スピーカーでも音は出るわけです。菊地さんが仰るに、外もホール内部と同じクオリティを確保しないと「響き」が再現できないのだと。
PS:ベテランエンジニアを過ごし、現在はプロデューサーとして活躍される菊地さんらしい裏付けを感じます。
宮本:最終的に音ができあがってきた時にハッ、と納得しました。この品質でなければ出せない音づくりでした。3月に内覧会があったのですが、ホール内の演奏を屋外にも出したのですが、屋外側で聞くときわめて自然に音が流れ出し、あたかもホールの中で聞いている響きも含めた音が屋外でも同様に聞こえたのです!後から菊地さんに伺ったのですが、屋外はディレイをかけた補助拡声よりは、屋内でいう反響(=反射板)を屋外のスピーカーで再現させたとのことです。これを体感し、納得できたのです。そのことは新しく自分自身の経験になりました。その点が一番の苦労というか、大変に感じたところです。
PS:おそらく菊地さんにはハードウェアが揃えば叶うと言うことが見えていたように思います。
菊地:…そうですね。あとはオーディオネットワークの力でしょうか。制御が重要になってきます。
宮本:音を送ること自体は現在、どういった方法を使ってでも可能ですが、運用と操作を考慮しますと、ここでは「ホール側」と「公園側」という区分けになります。例えばホールが主体になる場合、また縁切りをしたときに屋外ステージでヒーローショーがあり、その先の公園はBGMといったことを考えました。BGMは決まった時間に自動再生・停止する運転機能を持ちつつ、ホールからの拡声時にはBGM鳴動を止めて、どのエリアまで、どの程度音を流すのかといった手動操作にも対応が必要です。もともとそうした制御システムの構築は得意とするところでして、音響のクオリティを保ちつつ運用者の目線で音響制御システムを具現化できたかなと自負しています。
PS:信号伝送にはどういったデバイスをお使いですか。
宮本:ホール側と公園側は光ファイバーを用いたデジタルオーディオネットワーク「Dante」を採用しました。物量も少なく済みますしロスもありません。シングルモードで長く延ばし、さまざまなパターンを組んで多様性のある運用ができると睨んでのことです。
菊地:ただ、これまでデジタルにはずいぶん痛めつけられた経験があるのも事実です。したがって最終段階でアナログ回線も確保してほしいと。それは決してデジタルを信用していないわけではなく、ステージ上は現在でもアナログですし、これまでの経験を加味してまだまだアナログ回線は必要だと説明をして整備しました。
PS:大袈裟ですが、アナログが1本でも引っ張ってあればどうにかなりますね。
菊地:そうなのです。その用意がないとインカムさえつながりません。デジタル・アナログはまだ過渡期といっても言い過ぎではありませんね。
グランウンディングも万全の態勢で
PS:さて、システムプランは完成しましたと。で、これが現場に降りてくるわけですね。
吉村:そうですね。バトンをもらいました。
菊地:実際これは大変なことです。宮本さんと吉村さんの連携、そして吉村さんの頑張りによってできあがりました。例えばグランウンディングについても現場で工夫したんです。
PS:屋内と屋外がシステム連携する場合のグラウンド処理というのは最適地点が難しそうですね。頭が痛いところでは。
吉村:日本では電源はTT接地が一般的で、これとは別に音響信号用に単独C種接地を準備し、そこへ音響機器すべてを接続することが多いです。まだ工事が始まったくらいの時ですか、菊地さんとグランウンディングの話をしていてヨーロッパではTN接地が主流であり、日本でもそうしたこともできると聞きました。ちょうどアースを打つ寸前でしたので、電気工事にてどちらもできる音響専用の接地端子盤を設けるようお願いし、対応いただきました。現状、電源は一般的なTT接地の接続になってますが、この音響専用接地端子盤に音響電源トランス二次側中性点用の単独B種アース、音響信号用単独C種アースが並んでいますので、つなぎかえをすれば理論上TN接地にできる工夫をしています。他に保安用の共通D種と予備があり、アースは合計4本あります。
乗り込みさんにも細やかな心遣い
PS:土台となりますから、そこがしっかりしていないと乗っかった機器は威力を発揮できません。まずそこを押さえにかかるのはさすが菊地さん、といえるところですね。施工が進捗する中で吉村さんの印象に残っているところはいかがでしょうか。
吉村:私は今回、この劇場を管理する側と、乗り込みされる音響さん、どちらの立場にも寄り添った考え方をしなければと思って施工を行ないました。特にこの「TACHIKAWA STAGE GARDEN」はできることが豊富にあります。ただそれを管理する、あるいは運用する。その双方が事故なくシンプルにできるのか。そのことを工事中に強く意識していました。
例えばDanteネットワークですが便利な反面、運用面で不安があると耳にしたことがあります。設備のDanteと乗り込みさんのDanteをひとつのネットワークとして構築してしまい、この混在により、動作が不安定になったり、設備側のDanteパッチを誤って操作してしまったといった事例もあるようです。そうしたことから、今回はホール設備のネットワークと乗り込み用のネットワークを個別に用意しましたので、相乗りによる事故は発生しません。これについては「東京音研」さんの現場の方々に意見をお聞きして、このシステムがあります。
菊地:乗り込みの皆さんがすべてオーディオネットワークを熟知しているとは限らない可能性も充分にあると考えました。実際に事故は少なくありませんし、現場が滞らない配慮です。
PS:吉村さん、ほかにはいかがでしょう。
吉村:乗り込みさんが持ち込みスピーカーを吊り込むスピーカーフレームでしょうか。ここは舞台機構の工事範疇ですが、そのこだわりが印象に残っています。
PS:常設の「NEXO」以外に持ち込み用としてフライングできるのですね。
吉村:そのとおりです。水平(横方向)に動き、間口の変更ができます。角度も吊りっぱなしのまま、手動ですがスピーカー方向を±10度変更できます。
PS:乗り込みでお邪魔して角度が思わしくできなかった時って、わずかなことなのですが悔いが残るんですよね。
吉村:吊ってしまってからでも降さずに回転でき、1.5トンまで対応しています。
PS:それはありがたいです。時間が無いときは特に。
吉村:どうすれば乗り込みさんに喜んでいただけるのか。音響ではないセクションに対しても逐一打ち合わせを重ねて工事が進行したことは印象深いです。
メインアレイ・スピーカーの各内側に仮設(持ち込み)用スピーカーシステムのためのフライングフレームを準備。水平(横方向)に動かすことで間口の変更ができ、またスピーカーを吊り終えた後でも±10度まで角度を変更できる(手動)
最高のチーム
PS:少し意地悪な質問ですが、菊地さんが仰るリクエストに、できないと反旗を翻したことはありますか(笑)
吉村:…ないですね。
菊地:それはね、こちらもないのです。
PS:それはすごい。
菊地:全部できましたね。それも、全部計画が終わって施工が始まってから相談したこともです。感謝以外の何者でもありません。
吉村:菊地さんと宮本の音のプランが明確にありましたので、僕としてもこれを実現しないと。そう思って取り組みました。またもし実現できれば、自身の人生において第1位の経験になるだろうとも確信をしていました。気持ちとしては、いただいたリクエストには何があっても拒否しないぞと。
PS:残念なパターンとして見聞きするのが、今回のような立場同士の信頼感が薄い、あるいは息が合っていない場合、またビジネスライク過ぎて、素材がありながら結果が出ていない場合など、正直なところ少なくありませんね。そうしたことから比べると、今回のチームはつながっているケーブルが太いように見えます。
菊地:これは後から気付いたことなのですが、お2人ともにおそらく音楽が本当に好きなんだなって感じます。それからPAのことも熟知しているだけでなく、実際に仕事を経験されたのではないかと思うほど。つながりとしては音楽という太いパイプがあったと確信するほどです。
PS:素晴らしいコメントを教えていただきました。理想のひとつですね。
宮本:私は実際にコンサート音響スタッフの仕事をしていました。菊地さんからのリクエストに対して、コンサート音響と設備音響の双方の視点からご提案できたと自負しています。
「NEXO GEO M10」(2本)+「MSUB15」(2本)で構成されたサイドフィル・スピーカーシステム(専用移動台設置済み)。ウェッジモニター・スピーカーとして「NEXO PS15 R2」も12本(モニモニ含む)用意されている
セールスポイント
PS:では今回、それぞれのポジションとしての立場で、立川に新しいホールができました。一体どのようなところなのですか?と初対面の方に聞かれた際、特徴やセールスポイントをどう具体的にお答えされるのか。菊地さんから教えていただけますでしょうか。
菊地:その点については先ほどから話が出ているように、音楽を好きになる街ができた。さらに音楽ホールが外に開かれますよ、と。ホールから音楽が公園に気持ちよく響いて楽しめる。そういった劇場と言えます。
PS:ありがとうございます。では宮本さん、いかがでしょうか。
● サブウーファーシステム
宮本:おすすめですか…いっぱいあるので難しい(笑)具体的にいくつかお話ししておくとサブウーファーを舞台床下に水平アレイを常設した2000人規模のホールというのは国内でもそう多くないと思います。低域の均一性の高さ、さらにキャンセリング用のサブウーファーを配備して舞台上への振動も抑えつつ客席側には品質の良い低音を提供できます。クラブ系のイベントやヘヴィーなロックミュージック系でも余裕を持って対応できます。これがひとつの特徴かと思います。これも菊地さんからアドバイスをいただいたことと、舞台床下が空調のリターンチャンバー構造(空洞)であったため、最もキャンセリング機能が寄与したと思います。
PS:床の振動ということでは、実は少し気がかりだった部分です。別の会場ですが、これまで辛い思いをしたことが少なくありません。完全に床が鳴ってしまう時や、特定の周波数に共鳴する場合もあります。キャンセリング技術という、最新の技術を用いた対応になっているとは思うのですが、解消はできるものなのでしょうか。むろん構造による違いも大きいとは思いますが。
舞台下に仕込まれたサブウーファーシステム「NEXO STM S118」(24本/うち8本はカーディオイド設置)
● 選択肢の多い信号分割
宮本:水平サブウーファーアレイのキャンセリングを用いた配置ということでは、ご存知の通り正面向きと反転した向きのものが存在しています。反転分の台数は正面向きと同数を希望していたのですが、正面向きの半数になっています。それでも充分な効果はあり、制御できています。またサブウーファーの送りに関してはミキサーのバスを分けて送り出しています。キックドラムやベースといった、サブソニック帯域の成分が必要になるチャンネルのみ送り出せるという格好なのですが、海外では一般的な手法として定着しており、これを実現しています。こうしたアプローチもホールの設備では珍しいと思います。フルレンジ信号を分割するのが大半かと思います。そのようにすることも可能です。
PS:確かに日本ではまだあまり浸透していませんね。
菊地:外国のエンジニアはほとんどAUX SUBを別のバスから出しますね。特に来日するような、ワールドワイドで活躍する方々は大きな野外の舞台の遠いところでミックスすることも多いですので、必ずと言って良いほどそうしています。それはクラシカルな演目やミュージカルでも同様です。またサブウーファーのキャンセリングは思いのほかうまく作用しました。確かに心配していた1つでもあったのですが、うまくクリアしています。
● 充実の光ファイバー回線
宮本:ほかには館内だけでなく周囲の敷地を含め。光ファイバーが回線として張り巡らせてあるところも特徴と言えます。
PS:常設設備を駆動するだけの分量だけではないと。
宮本:そのとおりです。例えば舞台や客席スノコといった場所です。普段はアナログ回線や同軸は引くのですが、光ファイバーを回線としてこれほど多く引いたのは初めてです。それは将来を見越してのことでもあるのです。光に変換すれば、何でも通るといった目論見です。映像、音声、その他の独自規格のものでも変換さえできれば使える。光はしばらく陳腐化しないと、長く使えるだろうと。光のパッチ盤だけでも結構な物がありますので、自主運営の催事のほか、この仕組みを用いて乗り込みさんにも使っていただければと思っています。アイデアとしては床面をプロジェクションマッピングで10台、20台で映すような映像用の幹線としても使えますし、プロレスをやっても良い。2.5次元・スーパー歌舞伎のような、新しい演出にも対応できる。そういったインフラの充実を狙ったとお考え下さい。仮設で引き回すといったことが現在一般的ですが、そもそも設備として備えがある前提でイベントを組み立てていただければ最大限の活用ができるのかなと。
PS:興味深いですね。ありがとうございます。では吉村さん、現場を組み立てたポジションとしても色々あるかなと思っています。
吉村:宮本から出ました光ファイバーの件で、やはり僕としてもその点が充実しているところ、そしてホールとしては機材持込をしなくてもロックミュージックが常設設備のスピーカーシステムだけでできてしまうところ。この2点は真っ先に挙げることのできるポイントだと思います。
PS:菊地さん、常設設備を大音圧でも使えるようにとのプランは元々の考えに含まれていたのでしょうか。
菊地:そのとおりです。ただアーティストさんにとってPAは持ち歩きたい自分の楽器と同じなんですね。もちろんエンジニアさんにとっても普段使っているPAを持ち込みたいわけです。その点にも対応している必要がある。ですので双方万全にできるようにしています。他には仮設の場合のケーブルの引き回し方法ですが、特に映像さんは規格の進歩が早いですよね。わずか半年でフォーマットやプロトコルが変わります。常設配線だけではなくそれぞれの持ち込まれたケーブルをコントロールブースからステージまで簡単かつ安全に配線できることが大切です。その点については持込みケーブルを配線する際、美観を損ねないように会場の横壁の下に押し入れることが出来る構造になっていて、同様に持込みケーブルを会場内のすべてのドアの上にきれいに配線できるように工夫されています。
● 仮設電源まわり
吉村:他にいま話に出ましたように、機材持込みにも万全を期すということで、仮設電源まわりもたくさん用意していますので将来的にも期待ができます。
PS:電源コネクターは「CEE-Form」でしょうか。
吉村:200Vは「CEE Form」です。また分電盤から直接カムロックケーブルで接続された電源分岐ボックスと呼ばれるものがあり、充実していると言えます。その電源分岐ボックスそのものをホールで常設していますので、持ち込んだアンプワゴン等のすぐ近くで給電できるメリットもあります。
● 親子にも優しい環境
PS:今や照明さんがLED灯体主体となって、音響が最も電源を喰う時代になりましたね。吉村さん、他に聞いて下さいよ!という自慢話をしてください。
吉村:たくさんあり過ぎて(笑)どれにしようかと迷うのですが…抽象的になってすみません。菊地さんの思いのベースになった「音楽を好きになる街」という部分からなのですが、このホールがその考えでできているんだと思っています。「TACHIKAWA STAGE GARDEN」はスライディング・ウォールを開けると外に開かれ、屋外の公園からステージを楽しむことができます。今日も「GREEN SPRINGS」は賑わってます。開かれたホールということで、たまたま近くを通りかかった人、小さいお子さん、親御さん、そういった方に気軽にプロの演奏や音楽を感じていただく機会になると思います。いままでホールに足を運ぶことがなかった、行きたくても行けなかった方が音楽に触れるチャンスが増えますよね。これはとても素晴らしく、この工事を担当した身として、たいへん誇らしく思います。
PS:とても良いお話ですね。
ホール3階の位置からガーデンステージに向けて設置された「NEXO STM M28」(3本)+「MSUB15」(2本)。これらは専用の小部屋に収められ「M28」はフライングという徹底ぶり
● 将来に備えたシンプルな敷設
吉村:テクニカルな面では将来の改修を容易にできる工夫を採り入れています。光やマイク回線など主要なケーブルは建築で準備したケーブルピットに沈めています。また、パワーアンプからのスピーカーケーブルも、敢えて目に見えるルートを選び、シンプルな敷設をしています。例えば10年後に新しい規格のケーブルが出てきて改修しましょう、となった際にケーブルの敷き換えが簡単にできます。この点も挙げておきたいところです。
PS:では目に見えず、自分しか知らないこだわりをぜひとも教えてください。
吉村:ではひとつだけ(笑)光ファイバーのインフラですが、実はすべての光ケーブルを10Gbitの仕様にしています。したがって音響では96kHzを超えるハイサンプリング、ハイビットの伝送に対応します。映像では4Kも通ります。あまり公にはしていないのですが、相当な強みかと。
PS:おそらく瞬く間に機器の数値は上がってくるでしょうね。
吉村:ええ、そう思って見えないところでの努力です。
コンサートの早期復活を望む
PS:ありがとうございました。とても期待できるお話で嬉しくなります。今年4月のオープンということですが、劇場というのは完成の後も、まるで生き物のように変化をします。どんどん良い形になっていくのですが、現時点でご自身がエネルギーを注いだ仕事に点数をつけるとすれば、どのくらいでしょうか。
吉村:僕は100点です!
PS:それはすごい。出ましたね。
吉村:それを超える部分は今後のお付き合いで上げていく意味を含めていますが、工事としては100点で引き渡しました。
PS:宮本さんはいかがでしょう。
宮本:そうですね、私は95点です。5点のマイナス分は、ハウスコンソールを96kHz仕様にしたかったところです。納入したのは「ヤマハCL5」ですが、現在すでに96kHzで同様の機能を持つ新製品が出てきています。理想は常設のすべてを96kHzで構築したかったところです。ただインフラは整っていますので、持込みの場合には対応できます。
PS:今後の展開が楽しみですね。特に-5点にもならないかと思うのですが。
宮本:ただ心残りだったのは正直なところです。
吉村:「NEXO NXAMP4×4MkⅡ」側は96kHzで動いていますので今後、持込みや将来的に96kHzのコンソールに更新した場合、すんなり信号のやりとりができるようになっています。
PS:では菊地さん、お聞きするのが楽しみです。いかがでしょうか。
菊地:実はまだ本当の点数は付けられないですね。というのは、新型ウイルスの関係で4月に予定されていたオープニングコンサートができなかったのです。しかし7月末には辻井伸行さんのピアノと弦のクインテットによるオンライン配信のクラッシックコンサートの収録が開催され、音楽が好きになる街のために辻井伸行さんが作曲してくれた 「GREEN SPRINGS」 という楽曲が「TACHIKAWA STAGE GARDEN」からGREEN SPRINGSの空に響いていったときの感動は一生ものです。1日も早くこのホールと街区にいっぱいのお客様が入ったコンサートがしたいです。
PS:ではこれから準備をなさっていくわけですね。
菊地:そのとおりです。そのコンサートの出来によって点数は付いてくるかと思います。
PS:わかりました。自信のほどはいかがでしょうか。
菊地:もちろん充分ですよ。先ほども子供たちがホールをのぞき込んでいましたけれども、今まで音楽に興味がなかったひとたちが興味を惹いてくれている。また持込みも含めていろいろな使い方ができると思います。可能性が広がってすでに新たな楽しみが増えています。ある程度の点数は出せるかなと思います。
PS:ぜひとも結果を早く知りたいところです。待ち遠しいですね。今日は希望を感じるたくさんの話がとても貴重でした。お忙しいところ、ありがとうございました。
客席につながる搬入口とは緩やかなスロープで繋がっている。ここも菊地氏のこだわりのひとつ
菊地 徹氏 (Tohru Kiku Kikuchi)
株式会社 東京音響通信研究所TOKYO ONKEN 代表。3 大テノール(ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ ・カレーラス)、冨田 勲、スティービー・ワンダー、ダイアナ・ロス、レイ・チャールズ、ポール・モーリア、キース・ジャレット、辻井伸行、カラヤン&ベルリンフィルハーモニー管弦楽団などの音響デザインを始め、数々のライブミックス、レコーディング等を担当 SIM エンジニアでもある
音楽は人を和ませ、豊かにする
ここ立川を「音楽を好きになる街」にしたい
今回取材を行なった「TACHIKAWA STAGE GARDEN」は、一般社団法人である「立飛教育文化振興会」が主軸となって企画運営実施をしている。広大な敷地に壮大なコンセプトをぶつけ、街をひとつ新たにつくり上げてしまったかのような事業を成した張本人が藤田敏明理事長。われわれが音響セクションの面々にインタビューを行なった同じ日、音響プロデューサーの菊地氏と懇意の関係という藤田氏も同。多忙な間隙を縫って短いながらコメントをいただくことができた。
PS:よろしくお願いいたします。今回、新たに文化施設をつくるという目的からこの劇場が誕生したと仰っていましたが、一口に文化施設と言っても美術館や図書館といった施設も考えられます。そのなかで何故、音楽というものを選択されたのでしょうか。下準備として劇場のホームページを拝見しましたが、大きく「音楽」が謳われていました。
藤田:菊地さんもそうなのですが、私も音楽家の倅で小さな時から音楽をやっていました。むろん現在は趣味なのですが、好きなのです。また別の視点では、この中央線沿線ですが、クラシック音楽は吉祥寺までで止まってしまっていると感じていました。武蔵野市の市民会館は「サントリーホール」と一緒にブッキングしているので、「サントリーホール」と同じ公演が「武蔵野市民会館」で行なわれるんです。そこから西方面、例えばこの立川。ここに音楽の「初めの一歩」が必要だと感じたからです。また似たような例ではジャズピアニストの山下洋輔さんが、ジャズはなかなか受け入れられない、クラシック音楽も同様。ということでプレゼンテーションとして夏に立川でジャズフェスを催しています。隣の国立市といえば、彼の出身校がありますからね。もうひとつ言えることは、音楽ってやはり楽しい。気持ちが豊かになります。食事をしていてもシーンと静かな環境よりも何か薄く流れているほうが美味しく感じます。
PS:またそのホームページに刻まれるひと言ひと言が印象的で、ジャンルにこだわらない懐の広さを感じて嬉しくなりました。
藤田:いろいろなジャンルの音楽があって良いと思うのです。間違いないことは、音楽が人を豊かにするということ。人を和ませ、人同士のつながりをより深くできるのではないかと。だから「音楽を好きになる街」、そのコンセプトを掲げています。特にこれから音楽を好きになって欲しいといった思いがあります。そうしたことから、屋上へ向かう途中ホールの外側からステージを覗ける窓を設け、「何をやっているのだろう」と興味を持ってもらうことから始める。さらにロビーを一般のお客様向けに開放し、ロビーピアノを置いて自由に弾いてもらえるようにと。そう進めることで新しい発見もありました。ロビーの音がとても良いのです。
菊地:ロビーは何も計画が無かったのですが、ある日フリーコンサートでバイオリンとチェロ、そしてピアノとフルートのアンサンブルを聞いたのですが、同じフロアにある喫茶店へきれいに聞こえてくるのです。これがとても良い。意図していないことでした。もちろん生の音です。
藤田:天井と壁に多摩産材を貼っているのですが、それがうまい具合に響いてね。もうひとつ新しいホールができたねと。
PS:予期しないことではあったものの、コンセプトにピタリと嵌まる現象で驚きました。ありがとうございました。
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