ヤマハサウンドシステム株式会社

Live Performance Report 「ラ・マンチャの男」日本初演50周年記念公演 ベテランプランナーが目指したストイックなサウンドシステム

Live Performance Report

「ラ・マンチャの男」日本初演50周年記念公演

ベテランプランナーが目指したストイックなサウンドシステム

テキスト:内田匡哉 撮影:中山 健

Live Performance Report 「ラ・マンチャの男」日本初演50周年記念公演 ベテランプランナーが目指したストイックなサウンドシステム

1969年に「帝国劇場」で日本初演を迎えたミュージカル「ラ・マンチャの男」は、今年、上演回数1300回に達し50周年を迎えた、とても歴史ある人気作品である。歌舞伎役者の松本白鸚さんが、初演時は市川染五郎として、そして松本幸四郎を経て、今年は喜寿を迎えた松本白鸚として、長きに渡り主演を務められている。一人の俳優が同じ役をこれだけ長く演じるのは非常に稀で貴重なことであろう。そんな歴史ある作品のサウンドはどのように作られているのか。2019年10月4日を皮切りに東京公演が始まった「帝国劇場」にて、音響プランとオペレートを担当された本間俊哉氏(株式会社フリックプロ代表取締役)とワイヤレスマイク・オペレートを担当された増原健市氏(フリーランス)にお話を伺った。

本間俊哉 HOMMA TOSHIYA

本間俊哉 HOMMA TOSHIYA
東京都出身。玉川大学工学部電子工学科卒業。父・本間 明に師事。1989年文化庁海外派遣研修で英国ナショナルシアターに1年間研修。主な作品に、『ナイツ・テイル』『ダディ・ロング・レッグズ』『十二夜』『キャンディード』『ベガーズ・オペラ』『私生活』(以上、ジョン・ケアード演出)、『ブロードウェイと銃弾』『エドウィン・ドルードの謎』(共に福田雄一演出)、『屋根の上のヴァイオリン弾き』(寺﨑秀臣演出)、『グレイ・ガーデンズ』(宮本亜門演出)、『RENT』(エリカ・シュミット演出)、『ゾロ ザ・ミュージカル』(クリストファー・レンショウ演出)、『クリエンターレ』(鈴木ひがし演出)等。『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』では音響助手として参加。㈱フリックプロ 代表取締役

増原健市 MASUHARA KENICHI

増原健市 MASUHARA KENICHI
広島出身。音響技術専門学校卒業。寺内タケシ&ブルージーンズの音響部入社。その後、㈱サウンドクラフト経て、フリーランスとなる。八幡泰彦氏プランで無名塾のオペレーターとして6年間ツアー担当。その後、本間 明氏と出会い蜷川幸雄作品、スーパー歌舞伎、東宝ミュージカルなど数多くのオペレートを担当。主なプラン作品:荻田浩一演出「Red Socks And Black Stockings」、グレック・デール演出「Himself」、江守徹 演出「やまほととぎすほしいまま」、山田和也 演出「アガサクリスティシリーズ」等。最近では東宝「ナイツ・テイル」、「ブロードウェイと銃弾」、「屋根の上のヴァイオリン弾き」などのオぺレート担当

舞台とスピーカーシステム

主舞台の前半分からオーケストラピットに跨って一段高い円形の舞台が作られ芝居は原則ここで行なわれる。時々円形舞台の中央上部から階段が降りてくる。牢屋への出入口である。  

楽器演奏者はオーケストラピットではなく、主舞台の上手側と下手側の端に分かれて、観客から見えるように配置されている。上手側には指揮者と弦楽器と管楽器の一部、下手側には打楽器と管楽器の一部が振り分けられている。  

メインスピーカーは、円形舞台の先端上方にセンタークラスター(Meyer Sound LINA × 10)が吊られ、脇花道の付け根にフロントスピーカーLR(NEXO GEO M10 × 5 + MSUB15 × 2)、効果音再生用のサブウーファー(Meyer Sound 650P)が露出で置かれている。  

そのすぐ後ろには舞台なかへのフォールドバックスピーカー(Meyer Sound MSL-4 × 2 + UPA-2P)が「650P」の上とその奥に同じく露出で置かれ、舞台後方の上部に効果音再生用のスピーカー(Meyer Sound UPA)が2台吊られている。

客席の側壁~後壁にはウォールスピーカーが、1 階席後方のバルコニー下の天井にはバルコニー下スピーカー(いずれもd&b audiotechnik E5 で劇場設備)が、ともに多数設置されている。

舞台上方センターにフライングされたプロセニアム・スピーカーシステム「Meyer Sound LINA」×10

舞台上方センターにフライングされたプロセニアム・スピーカーシステム「Meyer Sound LINA」×10

舞台下手にグラウンドスタックされた「NEXO GEO  M1012」×5、「NEXO MSUB15」×2、効果音再生用のサブウーファー「Meyer Sound 650P」。「650P」の上に設置されているのはフォールドバックスピーカーの「Meyer Sound MSL-4」×2とその奥に同「UPA-2P」

舞台下手にグラウンドスタックされた「NEXO GEO M1012」×5、「NEXO MSUB15」×2、効果音再生用のサブウーファー「Meyer Sound 650P」。「650P」の上に設置されているのはフォールドバックスピーカーの「Meyer Sound MSL-4」×2とその奥に同「UPA-2P」

舞台なか奥に設置されたSE用スピーカーシステム「Meyer Sound UPA」(上手下手に各1本ずつ)

舞台なか奥に設置されたSE用スピーカーシステム「Meyer Sound UPA」(上手下手に各1本ずつ)

 

内田 今日はよろしくお願いします。まず本間さんの経歴やこの公演との関わりを教えていただけますか?

本間 私は1959年生まれで今年60歳になりますが、最初は普通のサラリーマンでした。父(故 本間明氏)が有名な音響家でしたが、引き継ぐ気は全然なく、大学を出てある電気会社に技術として入りました。専攻がマイクロコンピューターでしたので会社で重宝されて、チヤホヤされたお陰でちょっと天狗になりまして(笑) もっと大きなコンピューター会社に行きたいなと考えつつプー太郎をやっていたら、父の仕事の荷物運びを手伝うことになって、ずーっとバイトみたいに付いていたら就職時期を失ってこの業界に入ってきちゃったんです

内田 そうなんですか。

本間 その後、父のアシスタントを経て1年間ロンドンでお芝居の音響などを研修しまして、日本に戻ってきてから本格的に。「ラ・マンチャの男」について言うと、1969年に「帝国劇場(以下、帝劇)」で初演がありまして、その時からすでにデール・ワッサーマンの演出で、当時は染五郎さんの時代で、父がオリジナルの音響設計をしました。当時なぜクレジットが音響設計となっていたのかは分からないんですが…。その頃、ワイヤレスはVHFかな、棒マイクの時代でアンテナが長くて、それが「帝劇」に7本ぐらいしかなかったんです。あとガンマイクとか吊りマイクとか使って。その後いろんな劇場で長期に渡って、3年に1回くらい繰り返しやって、今年で1300公演を数えます。

増原 「青山劇場」、「日生劇場」、「帝劇」と、その時々で会場が変わりましたね。

内田 本間さんはいつから「ラ・マンチャの男」に関わられたのですか?

本間 最初は「青山劇場」で、あれは1980年代の終わり、「青山劇場」ができたばかりの頃だったと思います。

内田 その頃はどんなお仕事を?

本間 今みたいに音楽卓をやってましたね。やってることは今も昔もあんまり変わらないんですよ。

内田 プランを任されるまでにどういう段階がありましたか?

本間 オペレーターを10年ぐらいやって、最初のプランは、芝居は早かったんですけどミュージカルは1999年の「南太平洋」っていう作品で「青山劇場」のプランが最初でした。プランをやり始めてまだ20年ぐらいですね。「ラ・マンチャの男」のプランは、父が亡くなったのが2012年でしたが、そこまでは父がやっていまして、その後、引き継ぎました。

内田 ワイヤレスは増原さん、モニターは坂野(剛)さんがご担当とのことですが、それ以外はすべて本間さんが?

本間 いえ、まあ、今回はプランとかオケ卓とかSEとか…様々やらせてもらっています。人手不足なもので(笑)

Danteネットワークの恩恵

本間 「ラ・マンチャの男」のシステムは、以前は普通のアナログでした。2015年にEtherSoundでデジタル化して、今年、Danteに切り換えました。まあ遅いですけど、どちらかというと枯れた技術でやりたいという思いもあって。

内田 新しいものではなく?

本間 特にこういう公演はいろんな方々にご迷惑がかかるので慎重にいかざるを得ない。Danteはもう大丈夫だろうと思ったんです。実際、問題なく動いてます。今回、ワイヤレス卓が「DiGiCo SD10T」、メイン卓に「ヤマハCL5」を使用していますので、MADIブリッジでDanteに乗り込んでます。

内田 ブランドが違うのは?

本間 特さほど大きな意味はないのですが、「DiGiCo」はワイヤレスの音を扱う上でプログラムがすごく良くできているんです。

増原 「DiGiCo」にはシアターバージョンがあり、プログラムなどを組むのがとても簡単ですので、最近は「DiGiCo」に変わりつつありますね。

本間 今回「SD10T」が主のシステムでも良かったのですが、「DiGiCo」は配線をリング状に組むので、上手・下手に分かれた配置だと煩雑な仕込みになってしまいます。この場合、Dante の方がI/Oボックス(ヤマハRio)を配置するにもフットワークが軽く、もうひとつの要となるパワーアンプもそこに取り込めることもメリットでした。音響スタッフがだいぶ年配の人ばかりなもので、なるたけザックリ仕込んだらできるようにするのが目標だったんです。

内田 それに応えてくれましたか?

本間 すごい応えてくれましたよ。

増原 パッチもないので本当に楽でした。

本間 いろんな会場に行って恩恵を受けるのはLAN回線で、「ヤマハ」さんの製品を持っていけば各会場でLANで繋げられちゃうと万々歳ですよね。LANケーブル敷かなくていいやって(笑)

今回は本間氏、増原氏ともに音響調整室でミックスを行なった。増原氏が担当したワイヤレス卓「DiGiCo SD10T」

今回は本間氏、増原氏ともに音響調整室でミックスを行なった。増原氏が担当したワイヤレス卓「DiGiCo SD10T」

本間氏担当のメイン卓「ヤマハCL5」

本間氏担当のメイン卓「ヤマハCL5」

 

ポイントはNEXO GEO M10

本間 ロンドンミュージカルでは、まずセンタークラスターを吊って、フロントスピーカー置いて、できれば舞台の蹴込部分に小型のフロントフィルスピーカーを入れて、あと2階席を分散PAするのが主流なんですが、日本の場合はツアーの会場ごとにスピーカーを吊るのが難しいじゃないですか。今回巡った大阪の「フェスティバルホール」も吊れませんでしたし、「東京エレクトロンホール宮城」もダメでした。特に客席側は無理なんです。コンサート用のサイドスピーカーはあっても真ん中にはまずありません。それもあって今回の目玉として活躍したのがフロントの「NEXO GEO M10」シリーズでした。これがかなり良い感じで組み込めて、かつ「M1012」の一番下のユニットの指向角を水平120度にすれば、フロントフィルを置かなくてもほとんどの会場でカバーできたのが特に良かったと思いますね。音的には「ラ・マンチャの男」はとても芝居的なミュージカルなので、あまりスピーカーから聴こえてこないように意識してます。

内田 「GEO M10」を選ばれたきっかけは何ですか?

本間 モニターの坂野さんから、最近小型でいいのを見つけたと言われ聴きに行ったんですよ。そしたら、まずサイズに惚れました。私どもの仕事ってスピーカーをセットなかに仕込むことも多く、しかも「ホントにこの幅に入れなきゃいけないのか!」なんて仕事が多いもんですから。あと音の出方が自然で、音量を上げていった時に面でガーっとくるんじゃなくて、きちんと奥行きも感じられました。実際に使ってみた方が良さを実感できるスピーカーでしたね。

内田 デモはされましたか?

本間 去年、ジャズ・ミュージカルのフロントLRにデモ機を使わせていただいた時の感触がすごく良かったんです。その時はパワーアンプが「NXAMP4x4」でしたが、今回は新しい「NXAMP4x2MK2」になってものすごく変わりましたね。とにかくこれはミュージカルにあってるなと。とても綺麗ですよ、音がね。洗練されているというか。前のモデルがパワーでガンガン押してくるようなロック向きといった印象でしたが、これはすごく繊細な音がしますね。

内田 Danteともうまくマッチングしたということですか。

本間 そうですね。しかも2Uなのでラック1本でメインが済む点も、設置場所に困るミュージカルでは本当に重宝します。アンプの大きさも決め手ですよ。

内田 センターは「MeyerSound」ですね。

本間 この劇場のスピーカーです。

内田 センターから台詞が出て、フロントLRからオケやSEが出ているのですか?

本間 楽器については今回特にそうしてますね。普段はセンターからも楽器を流すこともありますが、私の父の設計で楽器はフロントからだけ出すってことに昔から拘りを持ってやっておりましたので。あと、こういうお芝居ですからね、落ち着いた雰囲気にするためにも。でも台詞はセンターとフロントの両方から出してます。

内田 音の印象はいかがですか?

本間 奥行きという面では「NEXO」を評価したいですね。

増原 自然な感じというか、音を突っ込んだ時などのピーク時にフラットに聴こえるというか。

本間 あのパワーアンプがね、変な癖がなくてまたいいんですよ。とにかくこのミュージカルはダイナミクスが激しいので、下から持ち上げていって大きくなった時に違和感をなくさないといけない。そこがスピーカーを選ぶ時の大きなポイントかなと思いますね。それがリニアに生音とくっついてくれないと。だいたい私たちの仕事は、半分は生音で半分がPA、そして時々PAがでかくなる(笑)そこの境目を巧みに操れる機材が一番うれしいかな。

舞台下手に設置されたI/Oラック「ヤマハRio3224-D」

舞台下手に設置されたI/Oラック「ヤマハRio3224-D」

I/Oラック「ヤマハRio1608-D」とL2スイッチ「ヤマハSWP1-8MMF」、最下段に「NEXO NXAMP4×2MK」パワーアンプが収納されたラック。舞台上手に設置

I/Oラック「ヤマハRio1608-D」とL2スイッチ「ヤマハSWP1-8MMF」、最下段に「NEXO NXAMP4×2MK」パワーアンプが収納されたラック。舞台上手に設置

スピーカーシステムのアライメント

本間 ミュージカルでは、センターにあるものを時間軸で0 タイムで出して、両サイドにディレイを入れてハース効果で定位をつくるのが基本で、それからオケの生音とフロントを若干合わせます。どこを基準にするかが難しいんですけど、たいていダウンステージ(舞台前方)側の真ん中の方ですね。

内田 センタープロセとフロントLRのディレイは台詞とオケで変えたりしているんですか?

本間 いえ、そこはシステムで決めています。

内田 フロントはオケとの時間差を合わせつつ、センタープロセとも合わせるのが難しそうですが。

本間 やってみると割とそうでもなくて結構うまくいっちゃうんです。センターの位置が高い時は、ちょっとややこしいことになりますけどね。

内田 0が遅れるからですね。「帝劇」のプロポーションはどうですか?

本間 理想的な高さと位置関係だと思います。こういう芝居ではスピーカーができるだけ内側に寄れればそれだけで全然変わりますので今回もできるだけ寄せています。「GEO M10」のサイズ感がまた絶妙に寄せやすいんですね。これより大きいとやや目立ってしまいますし。あと重さ。だいぶ前からこの業界にも女性が増えていますが、これだと女性2人で組めるんですよ。しかもこれだけで普通のブロードウェイスタイルのミュージカルだったら問題なくこなせます。あと僕がこのスピーカーでいちばんビックリしたのは、コンプレッションドライバーが剥き出しのタイプが多いなかで、これはロードかけてるんですよね。

内田 音響中心をユニットの後ろに下げてアレイ時にユニット間で揃うようにしてるシステムですね。

本間 そう! そこが非常に良いんだと思います。多分それが「MeyerSound」との奥行き感の差になっているような気がしますね。

1階席のウォールスピーカーと

1階席のウォールスピーカー

バルコニー下に設置されたスピーカーシステム(d&b audiotechnik E5で統一)

バルコニー下に設置されたスピーカーシステム(d&b audiotechnik E5で統一)

2階席のウォールスピーカー

2階席のウォールスピーカー

2階席のリアスピーカーシステム(1階席同様、E5を使用)

2階席のリアスピーカーシステム(1階席同様、E5を使用)

舞台なかの音

内田 白鸚さん、か弱い声の場面でもすごく通って聴こえましたが、PAでうまく処理しているのでしょうか?

本間 地声がものすごいのです。訓練されているから違いますね。

増原 実は舞台のなかにヴォーカルは返してないんです。だから台詞がすっきり聴こえる。フェーダーを上げた時でも楽です。白鸚さんはヴォーカルよりも音楽を聴きたいと仰るので、皆その方向で統一してます。

本間 これまで「帝劇」で上演されてきた「レ・ミゼラブル」でも「ミス・サイゴン」でも全部ヴォーカルの返しはなかったんですよ。

内田 役者さんも素晴らしいですね。

本間 ブロードウェイやウエストエンドでは普通のことなんです。今回、何が昔と違うかって言うと、ミュージシャンのモニターの音が圧倒的に多くなったことで舞台なかはかなり音が乱れるんです。そこにワイヤレスを返したりするとコムフィルターや位相がメチャクチャ回ってしまうので、今回はそれをなるたけ少なくしたいなと思ってたんです。以前、フォールドバックとして舞台セットの階段の奥を狙うスピーカーを追加したこともあったんですが、その音がオケピット上を通過してマイクで拾ってしまい、やっかいなことになったため止めたんです。そういった経験から今回は舞台なかのクリアさを高いクオリティで保つために、スピーカー数をできるだけ減らすようシステムをプランニングしました。

WISYCOMとDiGiCo SD10T

内田 マイクは何本ぐらい使用されたのですか?

本間 オケに40本ほど、ワイヤレスが26本ですね。

内田 役者別のワイヤレスのON/OFFコントロールなどに、「DiGiCo」が便利なのでしょうか?

本間 「ヤマハ」の卓でも同じことはできますよ。ただ設定を修正する時に「DiGiCo」のシアターモデルが格段に便利なんです。例えば、リヴァーブのセンドレベルを呼び出しておいて、あるところだけ変えたくなったとしたら、あるスイッチを押してつまみを合わせ、もう一度スイッチを押すだけでそこのシーンだけ覚えられるとかね。

増原 アップデートが簡単なんです。あとはVCAが外れた時に自動でミュートがかかるオール・ミュート機能なども使いやすいですね。通常ですと別のVCAを組んだり、フェーダー自体で下げたりするんですが、VCAが外れるとフェーダーが上がっていてもミュートがオートでかかるんです。これは本数が増えるとより楽なことを実感します。それから今回は使っていませんが、トリプルキャストで「今日はこの人」と選ぶだけで役者別のデータを簡単に組み替えることができます。他の卓ではできないことです。

本間 プレイヤー機能という名前がついてますね。他に卓のチャンネル・ストリップにオルタネートもあって予備マイクにすぐ切り替わったり、そういった細かい機能までよく考えられていると思います。

内田 複雑になるほど機能が活きてくるのですね。なおさらMADI とDanteが繋がるメリットは大きいですね。

本間 大きいですよ。しかもお手頃なブリッジができてね。

内田 ワイヤレスマイクは「WISYCOM」ですが、特徴は?

本間 これは「帝劇」所有の機材です。一番の特徴はワイヤレスなのに低音から高音まで全帯域がキレイに出ることですね。ハイブリッドで内部処理をDSPでという今時のタイプです。ギターなどに使うと良い感じですね。あとはアッテネーターやアンテナ系がよくできています。ブーストも1dB単位で調節できて細かい所まで気が利いてる。

内田 アンテナ位置はどこですか?

本間 あそこ(脇花道への出入口の上の壁。上下)ですね。あれが常設です。

増原 無指向性アンテナと指向性アンテナと両方あります。

内田 使い分けできるのですか?

本間 そうです。奥にもいけるようにパッチが舞台なかにもあります。

増原 無指向アンテナでLEDノイズを拾った時に指向性アンテナに切り替えられますし、 アンテナ・マトリクスで増やすことも可能なシステムになっています。

内田 使い慣れた機材ですか?

本間 はい、信頼に足る存在ですね。

キャストが使用したワイヤレスマイクロフォンはすべて「WISYCOM」製(トランスミッター:MTP41S)

キャストが使用したワイヤレスマイクロフォンはすべて「WISYCOM」製(トランスミッター:MTP41S)

(レシーバー:MRK920)

(レシーバー:MRK920)

 

音響調節室でのオペレーション

内田 バルコニー下のスピーカーはどのように使っていますか?

本間 バルコニー下はモノラルで、フロントスピーカーと同じ音を同じ割合で鳴らしています。本番をオペレートしている音響調整室に音がくるように。

増原 自然な感じで聴けますし、ボリューム感もとれてフェーダーの上げ下げがしやすくなります。

本間 でも今回はフロントの3 番目のユニットが調整室にばっちり当たっていて良かったです。ただ、あそこ実は低い音が聴こえないんですよ。

内田 ミュージカルは客席にブースを出すことが多いように思いますが?

本間 今回は客席をできるだけ多く確保するためです。公演によっては客席でオペレートします。客席を指定されることもありますし。「レ・ミゼラブル」や「ミス・サイゴン」は客席です。

内田 調整室ではやり難いですか?

本間 それは否めないですね。ただ、開館当初は5階の金魚鉢でやっていたんですよ。「DENON」の大きなフルレンジスピーカーを3つぐらい並べて(笑)

内田 5階ですか! 完全にモニタースピーカーでの環境ですよね。

本間 はい、先輩たちは皆そうでした。ですからそれに比べたら、もう全然(笑)

内田 窓が全部開くだけいい?

本間 そうですね、まあ確かに音決めは難しくなってしまいますので、その時は客席に出ますが、レベルは慣れればね、さほど難しいことではありませんね。

下手側オーケストラピット(打楽器と管楽器)

下手側オーケストラピット(打楽器と管楽器)

上手側オーケストラピット(指揮者、弦楽器、管楽器の1部)

上手側オーケストラピット(指揮者、弦楽器、管楽器の1部)

FIRイコライザーAMQ3の利用

内田 今回は「HYFAX AMQ3」を使われたそうですが、どういった経緯ですか?

本間 ヤマハサウンドシステム」の方 からとても面白いEQができたってお誘いを受けて見に行ったんです。何よりもDanteに簡単に挟み込めるのが今回の趣旨に合いましたので、そのままお借りしました。最初はスピーカーマネジメントとして使えるかなと思ったんですが、最終的にはフロントスピーカーとバルコニー下スピーカーの特性を合わせる目的で使いました。

内田 各スピーカーのチューニングは従来通りなんですね。

本間 「帝劇」ではそうです。「愛知芸術劇場大ホール」ではプロセのチューニングにも「AMQ3」を使っています。

内田 「AMQ3」はFIRフィルターですよね。一般にFIRは目標特性を決めて、それと現状の特性との差分をフィルター係数として入力するので、従来のIIRフィルターのようには簡単に使えないイメージがあります。

本間 今回教えてもらった方法は、Smaartで目標とするスピーカーとそれに合わせたいスピーカーのインパルス応答を測定して、そのファイルを「AMQ3」に入力する方法をとっています。

内田 なるほど。演算は速いですか?

本間 速いですよ。PEQモードでもマウスでポイントをドラッグして離せばすぐ演算してくれます。こまめに離せばその都度変わっていきますから、そんなに苦にはなりません。

内田 プロセセンターとフロントの調整には使わなかったんですね。機種の違いは気になりませんでしたか?

本間 それは確かに気にはなりますよ。でもプロセはあるものでやるしかありませんし、そう決めたらそれぞれのいいとこ取りをするだけです。これだけスピーカーの方式が違うと特性まで合わせるには無理が生じますので、自然に聴こえるように聴感で合わせるようにした方がいいんじゃないかなと思います。ここばかりは最新機材に頼るのではなくね。

音調室に置かれた「AMQ3」FIRイコライザー。上段がプロセッシング部下、下段がコントローラ部

音調室に置かれた「AMQ3」FIRイコライザー。上段がプロセッシング部下、下段がコントローラ部

コントローラーのアプリケーション画面

コントローラーのアプリケーション画面

ストイックなプランの手応え

内田 劇中、階段が降りてくるシーンでは音の広がりが変わったように感じたのですが、あの時はウォールスピーカーも使用されていたのですか?

本間 若干出していますが大したことはやっていません。あの音源がすごく貴重で、昔のままなんですよ。多少ノイズを取ったりしていますが、あのエコールームみたいなピシャッピシャッっていう雰囲気、昭和の人には質感も含めて懐かしい音ですよね。あの変拍子の曲をプレスコ(編注:プレスコアリングの略で、台詞や音楽・歌を先行して収録する手法)で出すとは、デール・ワッサーマンさんは非常に発想が豊かな方だったんですね。

内田 音で場面を変えているように感じたんですよね。

本間 演出家がそういう意図で作ったということでしょう。作品自体がよくできていると思いますね。

内田 今回、「NEXO GEO M10」や「AMQ3」を使って、舞台なかもシンプルな音作りにしてでき上がった状態を、ご自身でどう評価されていますか?

本間 今回の「帝劇」はすごくストイックにできたかなと思っています。折角の50周年記念公演ですので、昔を感じさせるようなことが最新の機材でできたら素敵かなと。時々どうしても新しさが出てしまいますが、あくまでシンプルに…そこが一番良かったんじゃないかなと思います。生の楽器が生のように聴こえて、声もちゃんとそこにいるように聴こえてという面で大きな手応えを感じています。それもこれも「ラ・マンチャの男」というミュージカルが、半世紀もの時間を経てなお色褪せない素晴らしい作品だからだと思います。

内田 話の中身も非常に深いですしね。

本間 歌って踊って楽しいミュージカルもいいですけど、たまにはこういう昔気質のミュージカルもいいんじゃないかなと思いますね。歴史ある作品に携わることができて最高に幸せです。

モニターコンソール「ヤマハQL5」

モニターコンソール「ヤマハQL5」

 

インタビューを終えて

歴史的な本作品のサウンドは、故 本間明氏と本間俊哉氏が親子二代に渡り、作品の世界観の表現を初演から引き継ぎながらも、機材の進化を取り入れ、演奏環境の変化などに対応して、その年ごとにブラッシュアップして作り上げてこられたものだった。それ故、古典的で堅い言葉遣いが多い白鸚さんの台詞も、決して古臭さく感じることなく、きちんとそして自然に聴こえ、芝居に集中できる音に仕上がっていたのだと思う。それは上演回数と年齢を重ねるごとに役者の芝居が深みを増したり、時に新しい役者の参入によって作品に新鮮味が加わったりするのと似ているかもしれない。「昔を感じさせるようなことが最新の機材でできたら素敵かな」という本間俊哉氏の言葉が、作品のサウンドを通して充分に伝わってきた。

増原健市 MASUHARA KENICHI

内田匡哉(うちだ・まさや):1970年東京都生まれ。日本大学大学院理工学研究科建築学専攻 博士前期課程修了。1995年「株式会社 永田音響設計」に入社、以降15年に渡り、ホール・劇場をはじめ会議施設・体育施設・教会など多数の新築・改修プロジェクトを担当。電気音響設備を中心に建築音響、防振・遮音、騒音制御に関する音響設計・音響コンサルティングに従事。2010年、同社を退社の後、2011年「内田音響設計室」を設立。 個人事業として音響コンサルタント業務を開始。現在は兵庫県芦屋市に拠点を移しさまざまなプロジェクトで手腕を発揮している

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