ヤマハサウンドシステム株式会社

トップ対談 #06
公益社団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)
一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉 邦男 様

トップ対談 #06
公益社団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)
一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉 邦男 様

  • ホーム
  • 幕あい
  • トップ対談 #06 公益社団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時) 一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉 邦男 様

トップ対談 #06
公益社団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)
一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉 邦男 様

トップ対談 #06
公益社団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)
一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉 邦男 様

トップ対談 #06 公益社団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉 邦男 様

公益社団法⼈ ⽇本舞台⾳響家協会 理事⻑(取材時) 、一般社団法人特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉 邦男 氏(写真 左) Talks with
ヤマハサウンドシステム株式会社 代表取締役 武田 信次郎(写真 右)

公益社団法⼈ ⽇本舞台⾳響家協会 理事⻑(取材時)
一般社団法人特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉 邦男 氏(写真 左)
Talks with
ヤマハサウンドシステム株式会社 代表取締役 武田 信次郎(写真 右)


※ 2006年6月、松木哲志氏からバトンを受け理事長に就任、2021年6月18日に退任。齋藤美佐男氏にバトンをつなぎ、現在は理事として協会の運営を支えている。日本舞台音響家協会の設立は2000年、2018年に公益社団法人に認定。

 

「幕あい」とは、一幕が終わって、次の一幕が始まるまでの間。舞台に幕が下りている間のこと。このシリーズでは、ヤマハサウンドシステムが日頃お世話になっているホール・劇場の世界を牽引するキーマンの方々に、市場のトレンドやヤマハサウンドシステムへの期待などを、その仕事の「幕あい」に語っていただきます。
第6回は、立ち上げから20年以上新国立劇場の音響・映像に携わり、現在は⽇本舞台⾳響家協会 理事⻑(取材時)、ならびに特定ラジオマイク運用調整機構 理事長を務められている渡邉 邦男氏に、ご自身について、帝国劇場、新国立劇場のこと、そして舞台音響の今後についてお話をうかがいました。

プロフィール 渡邉 邦男(わたなべ くにお)

プロフィール 渡邉 邦男(わたなべ くにお)
1951年 栃木県出身。1973年フリックプロ入社、帝国劇場を中心に演劇・ミュージカルの舞台音響プランを学ぶ。1993年からは新国立劇場の開場準備に参画し、オープニング前の1994年から2016年3月までの21年間、新国立劇場の技術部に所属して音響・映像を統轄。現在もミュージカル・オペラ・バレエ・演劇など幅広いジャンルで音響デザインを手がけるとともに、舞台音響家の育成にも力を注いでいる。主な作品には、日本側の音響を担当した『ミス・サイゴン』や『太平洋序曲』『二都物語』『エリザベート』、『罪と罰』『軍人たち』、『J-バレエ』『アンナ・カレーニナ』、『その河をこえて、五月』『十九歳のジェイコブ』『三文オペラ』などがある。公益社団法人日本舞台音響家協会 理事長(2006年6月~2021年6月)現 理事、一般社団法人特定ラジオマイク運用調整機構 理事長、武蔵野音楽大学 非常勤講師

高校時代に演劇部に入り、
大学時代は黒テントで音響オペレーターを

武田:渡邉さんはどうして音響の道に入られたのですか。

渡邉氏:高校時代、友人に誘われ演劇部に入ったことがきっかけです。役者から照明・音響・大道具・演出と何でもやりました。高2からはベケットやイヨネスコなどの不条理劇に興味を持ち、人数が少なくても上演できる芝居を創っていました。男子高でしたので、女子高の演劇部と合同で研究会をやるのが楽しみでした(笑)。それと、土日には、地元の宇都宮の会館で照明の助手でバイトもしていました。

トップ対談 #06 公益財団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉様

武田:大学は日本大学芸術学部でしたよね。

渡邉氏:はい。理系の大学を目指していたのですが、高2の秋に演劇専攻のある大学に進路を変え、日芸に入学しました。そして大学1年の秋から2年にかけて、縁があって佐藤信さんたちが結成した演劇センター68/71(黒色テント)の演出部の研修生になりました。そこで、信さん書き下ろし・演出の「恋々加留多鼠小僧次郎吉」に稽古始めから参加して音響オペレーターを任され、春の黒テントでツアー公演をおこないました。

武田:最初は照明だったのに、どうして音響オペレーターになったのですか。

渡邉氏:照明を目指していたわけではなかったし、当時は高校時代にやりつくした感がありました。音響は演出に近い仕事ですし、黒テントで選曲や効果音作りを手伝い、ツアー公演の音響オペレーターを任され経験したことで「音出し」の楽しさを味わったのが、音響スタッフを目指すきっかけになりました。

フリックプロに入社、帝国劇場の音響を手掛ける

武田:そしてフリックプロに入社されて帝国劇場で数々の演劇・ミュージカルの音響を手掛けるわけですね。

渡邉氏:卒業したら「音響の仕事をやる」とは決めていたんですが、演劇か映画かで悩み、映画の現場見学も重ねた末に舞台音響を選びフリックプロに入りました。フリックプロは代表の本間明さん、松下喜郎さん、依田征矢夫さんというNHKに所属していたメンバーが、オープンする帝国劇場の音響を担うために設立した会社です。入社後は3人の師匠から、音作りや稽古場での音出し、音楽と効果音の再生、マイクのミキシングなどを学び、プロとしての取り組み方も含め多くの貴重な経験を積ませてもらいました。

武田:当時のミュージカルを公演していたのは帝国劇場と、劇団四季ぐらいだったでしょうか。

渡邉氏:あとは日生劇場ですね。帝国劇場ではその頃ブロードウェイミュージカル以外にも、商業演劇ベースの書き下ろしの時代劇や現代劇、歌手がショーと芝居を演じる新宿コマ劇場スタイルのような演目もありました。それと12月には必ず歌舞伎公演をやっていましたね。

トップ対談 #06 公益財団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉様

武田:芝居もミュージカルもコンサートもやって、さらに歌舞伎も。全部やるんですよね。

渡邉氏:私が入社していた当時のフリックプロは、ほぼすべての帝劇公演のプランとオペレートを引き受けていましたので、とてもいい経験になりました。

武田:私が渡邉さんと初めてお会いしたのも帝国劇場でした。もう30年ぐらい前ですよ。ヤマハサウンドシステムの前身のヤマハサウンドテックの鈴木叡専務に紹介していただきました。鈴木さんは帝国劇場が最初にできた時に音響設備工事に関わったメンバーでもあったんですよね。

渡邉氏:そうですね。鈴木さんは武田さんも、私も、とてもかわいがってくれていましたね。

武田:私が帝国劇場で印象に残っているのは「ミス・サイゴン」です。観に行ったら客席の一番後ろにPA卓が組んであって、私はPA卓のすぐ後ろで見学させていただいたのですが、目の前に8チャンネルのフェーダーがあるんですよ。渡邉さんに「これに絶対に触るなよ!」って言われて(笑)。観てるとフェーダーが勝手に動くんですよ。今では当たり前になりましたがオートフェーダーでした。「ミス・サイゴン」って客席に本当にヘリコプターが飛ぶんです。そうすると音もちゃんとヘリコプターについていくんです。今で言うイマーシブですよね。あれはすごかったです。いまでこそイマーシブサウンドが話題を集めていますが、渡邉さんたちは帝国劇場で何十年も前からそういった試みをやっていたわけですよね。

渡邉氏:手動なら「ミス・サイゴン」より前からやっていましたよ。帝劇は当時東宝の重役だった菊田一夫さんの夢を叶えた劇場で、音響や舞台機構が充実した非常に贅沢な劇場でした。スピーカー配置も当時としては革新的で、客席の天井にスピーカーが格子状に9つ、ウォールスピーカーが全部で17系統あって1・2階の客席を囲んでいます。例えば「マイフェアレディ」の競馬場のシーンでは、役者がレースの馬を双眼鏡で追うと、ウォールスピーカーと20チャンネルのパンポットを使って手動でパンニングをして、客席の周りを馬群が移動している様子を表現しました。他にも、再演のオペレートをしたときに聞いた話ですが、1996年の「風と共に去りぬ」開場公演でも、天井の奥から中、前、プロセ、奥舞台へと砲弾の飛来音を移動させ舞台奥で着弾するなど、当時の設備をフル活用した音響プランで立体音響を表現しています。菊田一夫さんはこんなスペクタクルな作品を創りたくて帝国劇場を建てたのだと思います。

トップ対談 #06 公益財団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉様

立ち上げから参画した新国立劇場

武田:その後、新国立劇場の立ち上げがあって、そちらに移られましたね。

渡邉氏:私の師匠の本間明さんが新国立劇場の舞台見直し委員会の委員をしていた1992年「大変なので委員会を手伝って」と言われ、翌年から技術委員会に加わりました。1994年に新国立劇場準備室への移籍依頼があって機器の開発や選定に携わり、最終的には新国立劇場の技術部に就くことになりました。

武田:あれだけの規模の劇場を立ち上げるのはさぞかし大変だったと思います。

トップ対談 #06 公益財団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉様

渡邉氏:3つの劇場と各劇場専用の稽古場に加えて、バレエ、オーケストラ、合唱の専用リハーサル室と録音スタジオ、録画編集室など、経験のない規模の劇場施設でした。アナログからデジタルへの移行期でもあり、各劇場の演目や舞台と客席の形状変化なども考慮した連絡設備を含む音響システムの検討、調整卓の開発や選定、スピーカーとアンプや入出力回線用メタルケーブルの検証と選定、移動機器の動線や倉庫など、良い音が生まれ育つ劇場になることを願って、やるべきことは山ほどありました。

武田:オペラ劇場の施工は当社の前身のヤマハサウンドテックで、中劇場、小劇場、連絡設備は別の会社でした。それぞれ会社が違いましたから、渡邉さんは相当大変だったと思います。

渡邉氏:それぞれが築き上げてきた社風もあって、当初は纏めるのが大変でしたね(笑)。

武田:ヤマハサウンドテックの仕事ぶりはどうでしたか。

渡邉氏:みなさん個性的で楽しかったですよ。施工範囲が広く工期も長かったので、多くの検討と調整が必要でした。こちらの要望を実現するための提案も頂き、現場での検証や試聴実験を重ねながら進めることができました。問題点を解決するために試行錯誤をしながらも、粘り強く対応した素晴らしいチームでした。

⽇本舞台⾳響家協会 理事長、
特定ラジオマイク運用調整機構 理事長として

武田:渡邉さんは、⽇本舞台⾳響家協会で理事長も務められています。その話もお聞かせください。

渡邉氏:⽇本舞台⾳響家協会(SSAJ)は、日本演劇音響効果家協会(1976年設立)と日本PA技術者協議会(1977年設立)が合併して2000年1月に任意団体として発足しました。文化庁の公的支援を受けて現在も続けている「舞台音響家のための公開講座」は、創設した2000年に開講した事業です。その後、公益法人の制度改革があり、文化庁も「委託事業を受託する団体は原則法人格を有すること」と、当協会の法人化を求められ、2013年の一般社団法人を経て2018年に公益の認定を受けました。

武田:協会の主な活動は、音響家の横のつながりを作ることなのでしょうか。

渡邉氏:舞台音響は文化芸術にとって欠かすことができない重要な分野ですが、まだまだ社会的な認知度が低く、舞台スタッフのなかでも高いとは言えません。「人材の育成や舞台音響の研鑽を通して文化芸術に貢献し、会員相互の親睦と絆を深める」という発足以来のスローガンに加え、公益法人としてより広い視野に立って、個々の舞台音響家が集まった協会でしかできない、公益と共益の事業や広報活動を推し進めています。中長期的なスパンで言えば、少し先の未来につながる音響システムの開発協力など、舞台音響関連の企業からの継続的な支援が受けられる事業計画や、⽂化芸術に関わる他団体や個⼈ともスクラムを組んで会員を増やし、新たな人材育成につながる公益性のある事業を模索しています。
協会では、会員が自由に選択して活動を共にする「専門部会」が6つあります。各部会からの情報発信や勉強会などでスキルを高め合う以外に、これから舞台音響を目指す人たちにも、セミナーやWebサイトなどで音響の仕事を伝え、その楽しさや魅力を広報していくことが大切だと思っています。
今年からの新たな試みとして、新型コロナ感染拡大の影響で中止となった「舞台音響家のための公開講座〈基礎コース〉」の実技講習の部分を、配信のために新たに収録しYouTubeで公開しています。

SSAJ新着情報>2021年3月31日協会初試み!《基礎コース(実技編)》で視聴可能。 外部サイト

他にも、演劇の効果音作りを楽しく学ぶ講座や、舞台作業の安全を確保するため、ガイドラインに基づいた安全教育、足場組立やフルハーネスの特別教育も企画しています。興味がある方は日本舞台音響家協会のホームページを御覧下さい。会員でなくても大丈夫です。

武田:特定ラジオマイク運用調整機構の理事長もされていますね。

渡邉氏:私がラジオマイク(通称:ワイヤレスマイク)と出会ったのは1973年の帝劇です。40MHz帯の送信機と電源部が別れたセパレートタイプの8chでした。当時は電波法にもラジオマイクの記載はなく、ワイヤレスマイクは免許を要しない「微弱無線局」として、舞台や放送局などで使われていました。その後、機器の進化と共に使用周波数帯は70MHzから200MHzを経てUHF400MHz帯へと移り、マルチチャンネル化も実現し、劇場公演やTV番組、映画の同録などで利用も増大していきました。ところが、電波利用の高度化、小電力の無線通信の需要増などに対応するため、放送を含む一般の無線通信を微弱無線局の妨害から保護し、小電力無線についても適切な保護と規律のもとに監理していくという観点から、1986年の電波法改正と1989年の施行規則改正などで、出力10mW以下の弱い電波を使う機器を「小電力無線局」として整備。“微弱無線局の許容値の見直し”が行われ、1990年5月から7年間の経過措置により施行されることになりました。この許容値の見直しが電波の到達距離を著しく短くしてしまうことになり、7年後の1997年にはワイヤレスマイクが使えなくなることが判明しました。そこで、舞台および放送関連団体とメーカーでのさまざまな検討や審議会への諮問などを経て、プロのユーザー代表とメーカーが当局にお願いをして、一般用の「特定小電力無線局」(現在のB型ワイヤレスマイクなど)と、免許が必要なプロ用の「陸上移動局」(特定ラジオマイク:通称A型ワイヤレスマイク)が制度化されました。この制度化に至る過程で、今年2月に他界された八幡泰彦特ラ機構名誉会長を筆頭に多くの実演芸術家および放送・舞台技術関連の方々の尽力によって、旧郵政省(現:総務省)の指導の下1990年に設立されたのが、特ラ機構の前身となる「特定ラジオマイク利用者連盟」です。ご存知のように、特定ラジオマイクを所有して運用するには、総務省から交付される「陸上移動局」の無線局免許が必要です。当初、放送局がマラソン中継などで使用していたFPU4帯の周波数(797-806MHz)を共用することでスタートしましたが、その後FPU2帯が追加され、イヤモニの制度化、デジタル方式の制度化に伴うFPU1・3帯の追加、そして2014年の新周波数帯への移行開始から完了までと、特定ラジオマイクに割当られる周波数も目まぐるしく推移してきました。
現在の特定ラジオマイクは、TVWS(TVホワイトスペース)帯と専用帯および1.2GHz帯で運用しています。特ラ機構の会員は、ホールなど決められた施設で使用する固定会員と、ツアー公演などさまざまな場所で使用する移動会員に分かれています。特ラ機構では、固定会員には主にTVWS帯を、移動会員には専用帯を含むTVWS帯と1.2GHz帯を推奨しています。また、ラジオマイクを使用することが予想される新規施設などには、TVWSチャンネルリストの申請をお願いしています。特定ラジオマイクはアナログ(10mW)方式とデジタル(10〜50mW)方式が共存しているため、大規模展示会などでの会員各社同時運用では複雑な周波数プランと運用調整が必須となっています。また、TVWSを利用した、地上デジタル放送の高度化に向けた実験放送などとの運用調整も行っています。電波の有効利用はこれからも続きますので、ご協力をお願いします。

トップ対談 #06 公益財団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉様

武田:ミュージカルとワイヤレスマイクは、切っても切れない関係ですよね。ワイヤレスだけに。

渡邉氏:そうですね(笑)。「レ・ミゼラブル」の日本公演用に、世界初と云われた30chのワイヤレスシステムが完成した1987年頃から、徐々に音響デザイナーやオペレーターとメーカー担当者との意見交換が活性化し、現場のワイヤレスケア担当者の創意工夫などと共に、ラベリアマイクの改良も進みだしたと思います。海外の音響スタッフも含めて、こうした努力が新規開発の製品にも反映されていると感じています。いまや音質も安定性も格段に進化したワイヤレスマイクシステムはあらゆる演目で使われ、多くの舞台芸術にとって切っても切れない道具になっています。さらなる高音質化、小型軽量化、省エネ化に加えて、防水性や位置検出機能などにも期待しています。

舞台はいつまでも無観客ではいられないが、
配信などコロナ禍で生まれた発想はブラッシュアップしていくべき

武田:今劇場はコロナ禍で大変な時代ですが、今後の展望や期待を聞かせていただけますか。

渡邉氏:コロナ禍の影響で公演中止や入場者数の制限が続き、舞台公演の配信を行う劇場も増えてきました。劇場に足を運べない観客にライブ感を楽しんでもらうために、さまざまな方法でチャレンジしているようです。生配信ではないのですがライブイベント系のYouTube配信などで、VR動画の手法を用いてカメラの視点をヘッドマウントやマウスと連動させて、その映像に追従して音像も移動する360°ミキシングの実験や、演劇公演の中止を逆手に取って、休演中の舞台でドローンを使った撮影を行い、音声も含む録音と編集をしてから配信や販売を行ったプロダクションもあるようです。私なら、感染防止のために空けている客席の数ヶ所にバイノーラルマイクを設置して、好きなポイントを選べるようにしたらいいと思います。配信用の音と映像も、凝れば凝るほど手間が掛かります。コロナ禍で新しい発想が生まれ、それをブラッシュアップしていくことで、新しい文化として根付いていくならそれも良し、と思っています。
とはいえ、やはり舞台は同じ時空を観客と演者が共有して成り立つ時間芸術です。息をこらし、泣いたり笑ったり、ホッとしたり、ということがないといけません。コロナに負けずに、頑張りましょう。

トップ対談 #06 公益財団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉様

武田:最後に後進の音響マンたちに贈る言葉と、 ヤマハサウンドシステムに期待することをお願いします。

渡邉氏:舞台はさまざまな職域のスタッフとキャストが一丸となって創りあげていくものですが、音響はどのジャンルでも少人数で関わることが多い職種です。現場で音響業務に携わり経験を積むのはとても有益なことですが、すぐに結果を求められるため技術が自己流になりがちです。他者の技術を見ずに頑張ってもそこから先に広がっていかないのも事実です。一人では解決できないことも、互いに悩みを共有することで糸口が見えてくるものです。舞台の音響に携わる多様な人が集う協会なら、通じあえる人と出会うチャンスも増えると思います。ぜひ協会に入会して交流と親睦を深め、芸術的感性を高め知識と技術の研磨して下さい。夢を語りあえる舞台音響家協会をともに創っていきましょう。
ヤマハサウンドシステムは、常に変化を恐れず進化をしていると思います。武田さんが代表になってからは、今までとは違うユニークな切り口でテーマを掲げ、より遠くの目的地をしっかりと見据えて会社の舵を取っているのではないでしょうか。これからもシステムに心地よい風を吹き込んでください。

トップ対談 #06 公益財団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉様

武田:ありがとうございます。私も長年お世話になっている渡邉さんと改めてお話させていただいて思ったのは、渡邉さんをはじめとする日本の劇場の音響業界を作ってこられた先輩方はみなさん、音そのものに本当にこだわっている、ということです。私たちヤマハサウンドシステムも「音にこだわる会社にします」と宣言していますから、先輩方の前で変な音は出せないという緊張感をもって仕事をしていこうという思いを強くしました。私たちは音響設備の会社なので、つい設備を中心に考えてしまいがちですが、私は常々社内で「装置を売るんじゃない、音を売るんだ」と言っています。いい機材を入れるだけでなく、いい音を作らないとダメだということを、今日は再認識させていただきました。
本日はご多忙中お時間をいただき、ありがとうございました。

トップ対談 #06 公益財団法人 日本舞台音響家協会 理事長(取材時)一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構 理事長 渡邉様

公益社団法人日本舞台音響家協会 外部サイト
一般社団法人特定ラジオマイク運用調整機構 外部サイト

定期保守点検のご案内

「Inter BEE 2020 ONLINE」オンラインセミナーアーカイブ配信!

【施設紹介】イベント制作会社・乗り込みスタッフ向け 施設情報を随時募集中!

音診断・音改修サービス

リースのご案内

採用情報

10周年

facebook

ヤマハ プロオーディオ

Copyright © ヤマハサウンドシステム株式会社 All rights reserved.