
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館
施設運営部 舞台技術課長 金子 敏文 氏(写真左)
ヤマハサウンドシステム株式会社
事業企画部 計画設計課 齊藤 健太(写真右)
「Intermission(幕あい)」とは、一幕が終わって、次の一幕が始まるまでの間。舞台に幕が下りている間のこと。このシリーズでは、ヤマハサウンドシステムが日ごろお世話になっているホール・劇場の世界を牽引するキーマンの方々に、市場のトレンドやヤマハサウンドシステムへの期待などを、その仕事の「Intermission(幕あい)」に語っていただきます。
第二幕 Act 17にご登場いただくのは、りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 施設運営部 舞台技術課長 金子 敏文 氏です。約30年にわたり同館の音響を支えてきた金子氏に、これまでの現場での歩みを振り返っていただきながら、特色ある同館のコンセプトや育成事業、そして若い世代に期待することなどについてお話をうかがいました。
家電メーカーの設計から
舞台音響の世界へ
齊藤:金子さんが舞台音響の仕事に関わるようになったきっかけは何だったのでしょうか。
金子氏:もともと私は家電メーカーでマイコンのプログラミングや回路設計に携わっていました。入社して4年ほど経ち、転職を考えていたとき、用事で立ち寄った市役所でこのホールの職員募集のチラシを見かけ、手に取ったのがきっかけです。応募要項には「電気工業系の大学を卒業した人」とありました。その条件を満たしていましたし、昔からオーディオをいじるのも好きだったので、応募してみたんです。結果的に採用されたのは私を含めて舞台の仕事はまったくの未経験者ばかりでした。
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 施設運営部 舞台技術課長 金子 敏文 氏
齊藤:では、その時点で音響に関わる仕事の経験は、まったくなかったということですか。
金子氏:はい。それまで舞台音響機器を触ったことは一度もありませんでした。私を含めて同期は3人いましたが、全員が未経験でした。後日聞いた話ですが「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」の立ち上げに携わった市役所の担当者の方が「未経験の人材を採用し、実践の中でホールと共に育ってもらう」という考えを持っていたそうです。経験者は優れた技術を持っていますが、白紙の状態から育てることでりゅーとぴあに合った人材にしたいという思いがあったかもしれません。会館を造って終わりではなく、同時に人材も育成することが大切だという考えが、当時から強くあったように感じます。
ゼロから手探りの現場で育んだ
音響オペレーターとしての原点
齊藤:未経験でこの会館に入って、その後どのように経験を積んでいったのでしょうか。
ヤマハサウンドシステム株式会社 事業企画部 計画設計課 齊藤 健太(写真右)
金子氏:入ってすぐ、音響と照明のどちらを担当するかという話になり、「音響をやりたい」と真っ先に手を挙げたんです。バンドのパート決めで「俺、ギター」って先に言った者勝ちになるような、そんなラフな決め方でした(笑)。
その後まもなく、「これから3ヶ月間、研修してきなさい」と言われ、当時(1997年)開館したばかりだった東京の「世田谷パブリックシアター」に派遣されました。世田谷さんもオープン直後でバタバタしており、音響の方々の後ろについて回って、見様見まねで仕事を覚えていった感じでした。研修を終えて、1998年の「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」竣工後は、導入された機材を少しずつ触りながら、現場で経験を積んでいきました。
齊藤:オープン当初は、金子さんがお一人で音響を担当されたのですか。
金子氏:音響担当は私を含めて4名いましたが、当館には3つのホールと2つのスタジオがありますので、どうしても各ホールの音響担当は1人になります。つまり、ほぼ現場経験のない私が、担当したホールの音響を1人で切り盛りしたわけです。怖いですよね。
齊藤:今考えると、やはり少し怖いですか。
金子氏:はい。恐ろしいです(笑)。当時、ここに乗り込みで来られた音響の方々は「このホール、大丈夫かな?」と思っていたでしょうね。ただ、その頃の自分はあまりにも初心者で、その恐ろしさすら分かっていませんでした。なにが正解なのかも分からず、いつも手探りでした。
専属舞踊団「Noism」との出会いが、
音響人としての自分を鍛えた
齊藤:そんな中、どの頃から音響の仕事の面白さを感じるようになったのでしょうか。
金子氏:2004年に設立された「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」の専属舞踊団「Noism(ノイズム)」との関わりが大きいですね。日本初にして、現在も国内唯一の公共劇場専属舞踊団です。
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 ロビーのNoism紹介スペース
齊藤:「Noism」とはどのようなカンパニーなのですか。
金子氏:演出振付家の金森穣氏を芸術監督に迎えたダンスカンパニーで、特定の主義(イズム)に縛られない「No-ism(無主義)」というコンセプトで活動しています。
私は立ち上げ当初から音響を担当しており、ロシア、台湾、アメリカ、ヨーロッパなどで行われた海外ツアーにも帯同しました。そこでようやく、音響人らしい仕事ができているという手応えを得られた気がします。
齊藤:「Noism」の音響で、特に印象深いエピソードがあればお聞かせください。
金子氏:金森氏の演出は非常にユニークで、強く印象に残っているものがいくつもあります。例えば、ダンサー10人それぞれに音源の一部が異なる楽曲が入ったiPod(携帯型オーディオープレーヤー)を持たせ、会場全体は無音のままダンサーだけがイヤホンで音を聴いて踊る、という演出がありました。iPodの同期は「ダンサーがスタートボタンを一斉に押す」だけなので、ダンサーは音がずれていないか疑心暗鬼になりながら踊るというものでした。しかも途中数十秒だけダンサーが聞いている音が会場に流れる場面があり、私は音響卓の前でストップウォッチを握りしめ、スタートさせるタイミングをヒリヒリしながら待っていました。
齊藤:かなり過酷な現場が多かったのですね。
金子氏:ただ、そうしたプレッシャーのかかる現場を重ねていくうちに、自分が目指すべき方向性が分かってきました。お客様が音のことを意識せず催し物を気持ちよく楽しんでくれる、それが自分にとって一番の満足感に繋がっているんだなと思うようになりました。
「活動の庭」として市民に開かれた、3つの専用ホール
齊藤:施設のことを少しうかがいます。「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」は、とてもきれいな場所にありますね。
金子氏:はい。当館は白山公園の中にあります。白山公園は150年以上の歴史を持つ都市公園の一つで、古くから市民の憩いの場なんです。ここは、白山公園の「東屋」のような役割も担っています。共通ロビーは催し物の有無に関わらず、どなたでも気軽に立ち寄ることができますし、カフェも併設されています。お茶を飲みながら催し物のポスターやチラシなどを眺めていただける空間になっています。
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 信濃川の河川敷まで歩いて抜けられる
齊藤:コンセプトとして「活動の庭」という言葉が掲げられています。どのような意味が込められているのでしょうか。
金子氏:「活動の庭」という言葉には、この会館への思いや願いが込められています。この「庭」は開かれていて、子どもも大人も、初心者もプロも、誰もが気軽に立ち入ることができます。また「庭」とは、種をまき、手を入れながら季節を重ねて、少しずつ完成していく場所でもあります。ここにアーティストや市民が芸術の種をまき、時間をかけて育んでいくことで、地域文化を根付かせていく。そういう場所でもありたい、という意味が込められています。
齊藤:素晴らしいコンセプトですね。施設としては、多目的ホールではなく、専用ホールを3つ備えている点も特長的だと思います。
金子氏:「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」は、最大1,884席の「コンサートホール」、868席の「劇場」、そして382席の「能楽堂」の3つの専用ホールで構成されています。
「コンサートホール」は、客席が舞台を取り囲むアリーナ形式で、ステージ奥には国内最大級のパイプオルガンを備えています。曲面の壁と天井の構造により、残響時間は空席時で約2.23秒と響きが豊かで、多くの演奏家から音が良く、鳴りの良いホールだと評価をいただいています。
コンサートホール
「劇場」は、演劇・オペラ・バレエ・舞踊・歌舞伎など、幅広い演目での使用を想定しています。舞台と客席を区切る間口の枠を上下左右に動かすことで、間口の大きさを自在に変えられる可動式のプロセニアムアーチを備えている点が特長です。また、歌舞伎などの舞台装置として「本花道」や「すっぽん迫り」も備えています。
劇場
「能楽堂」は、桧床の舞台と桧皮(ひわだ)葺きの屋根を備えています。複合施設に本格的な能舞台が常設されるのは珍しいですが、能楽が盛んな新潟で、市民から能楽堂の設置を切望する声が上がったと聞いています。舞台正面の松が描かれた鏡板や、橋掛かりの羽目板を外すことで、中庭の竹林を臨むこともできます。また、目付柱は取り外し可能となっており、能以外にも音楽や演劇、講演会など、幅広い用途に応えます。ここでクラシックのコンサートやバンド系のライブをやることもあるんですよ。
能楽堂
育てる施設として根付く、ジュニア育成と普及活動
齊藤:「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」は、そういったハード面の充実だけでなく、ソフト面でも人材を育てる取り組みを熱心に行っているそうですね。
金子氏:地域の子どもたちの豊かな感性と表現力を育むことを目的に「りゅーとぴあ ジュニア劇団 APRICOT」と「新潟市ジュニア音楽教室」を運営しています。ジュニア劇団では、講師にプロを招きスタッフは我々職員が参加して、本格的な演劇公演に取り組んでいます。
新潟市ジュニア音楽教室では、合唱団やオーケストラに加え、公立として全国で唯一となるジュニアのための邦楽合奏団が活動をしています。それぞれの教室は楽しく演奏するだけではなく、進級制度や館外での公演を行い、新潟市の音楽文化向上の担い手育成として力を入れています。
齊藤:育成事業に加えて、一般の市民に向けた普及活動も盛んに行っていると伺いました。
金子氏:当会館には能楽堂があるので、能の初心者向けの解説など、能楽文化を継承するための普及活動を積極的に展開しています。また、毎年定番の講座やワークショップとして、パイプオルガン体験、Noismのダンスワークショップ、能楽講座なども実施しています。
バックステージツアー
そして、バックステージツアーも大変好評です。私たち舞台技術課が実施しているバックステージツアーは、普段は見ることのできない舞台裏や、裏方の仕事が間近で見られる見学会です。最近は定員を超える参加希望が寄せられることも多く、若年層の参加や他県から来館される方も増えています。
Dante導入とラインアレイで実現した均一で豊かな音環境
齊藤:2018年から2019年にかけて、「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」の舞台音響設備改修をヤマハサウンドシステムが担当しました。どのような点を改修されたのでしょうか。
金子氏:まず時代に合わせてアナログ回線からデジタルオーディオネットワークのDanteへ移行しました。このデジタルネットワーク化による恩恵は非常に大きかったですね。
またコンサートホールや劇場にラインアレイスピーカーを導入したことも重要な更新点でした。当館のコンサートホールは、豊かな響きをもつ一方で、客席が360度のアリーナ形式になっているため、これまでMCや影アナなどの音声が客席の隅々まで届きにくいという課題がありました。劇場でも左右のスピーカーで位相干渉が起き、場所によっては音がうねってしまう現象も見られました。これらの問題は改修時のラインアレイの導入とヤマハサウンドシステムさんによる丁寧な音響調整によって見事に解消されました。
コンサートホール天井に設置されたラインアレイスピーカー
音響調整室(コンサートホール)
齊藤:ヤマハサウンドシステムの施工やサポートについて、率直な感想をお願いします。
金子氏:保守点検の際、経費削減の観点から複数のホールの作業を数日にまとめて行うケースが多い中で、ヤマハサウンドシステムさんはあえて日程を分散させ、年に何度も足を運んで細かく設備を点検してくださっています。ここまで丁寧に見ていただける姿勢は、本当に素晴らしいと感じています。また、数多くのホールを手がけてこられたことで、さまざまな事例やノウハウをお持ちである点にも大きな信頼を寄せています。
AIと人間の感性の両輪で、次世代の舞台音響を切り拓く
齊藤:金子さんが今後、やってみたいことや目標などがあれば教えてください。
金子氏:舞台技術課長という立場もあり、舞台業界の重要な課題である人材育成や人手不足への対策として、最近はAIをうまく活用していくことも必要だと考えるようになりました。もちろん音の良し悪しなど感性が問われる分野は人間にしかできません。すべてをAIに任せるのではなく、例えば図面データから危険な箇所を瞬時に表示させたり、利用打ち合わせの場で演出の要望が出た際に「これくらいの人員と時間がかかります」とその場で概算させるといった使い方です。この業界で長く活躍してきた方々の経験則や暗黙知をAIに学習させておけば、経験の浅い若手でも最低限の判断が素早くできるようになります。そうすることで、人間はより感性が求められる分野や、本番のオペレーションにもっと集中できるのではないかと考えています。
齊藤:最後に音響や劇場の仕事を目指す若い方々へ、メッセージをお願いします。
金子氏:先ほどAIの話をしましたが、技術がどれだけ発達しても、結局は人と人とのコミュニケーションが何よりも重要だと思っています。劇場の世界はなおさらで、多様な職種の人たちとチームになって一つの舞台を作り上げていく芸術ですから、コミュニケーション能力は欠かせません。
逆に言うと、しっかりとコミュニケーションが取れていれば、多少技術が未熟であっても周りの協力を得ながら何とかやっていけますし、確実に成長できます。ですから舞台や音響に少しでも興味があるなら、臆せずにこの世界へ飛び込んできてほしいですね。
齊藤:本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
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