
愛知県芸術劇場 支配人 劇場運営部長 浅野 芳夫 氏(写真左)
ヤマハサウンドシステム株式会社 事業企画部 計画設計課 齊藤 健太(写真右)
愛知県芸術劇場
支配人 劇場運営部長 浅野 芳夫 氏(写真左)
ヤマハサウンドシステム株式会社
事業企画部 計画設計課 齊藤 健太(写真右)
「Intermission(幕あい)」とは、一幕が終わって次の一幕が始まるまでの間。舞台に幕が下りている間のこと。このシリーズでは、ヤマハサウンドシステムが日頃からお世話になっているホール・劇場の世界を牽引するキーマンの方々に、市場のトレンドやヤマハサウンドシステムへの期待などを、その仕事の「Intermission(幕あい)」に語っていただきます。
第二幕 Act16にご登場いただくのは、愛知県芸術劇場 支配人 浅野芳夫 氏。テレビやラジオで活躍された元芸人という異色のキャリアを経てきた浅野氏に、その原点、そして劇場支配人としての運営哲学、そして次世代へのメッセージなどを語っていただきました。
芸人から劇場へ、人を楽しませることが原点
齊藤:劇場の世界に入る前は芸人としてご活躍されていたと聞きました。
浅野氏:僕は小学生のころから、人を笑わせるのが大好きで、中学生の時は授業をさぼって教室でふざけて、人を楽しませている子どもでした。中学校の三者面談では、担任の先生に「高校に行かなくていいから吉本に行った方が・・・」と言われて、母親がかなり動揺していたことを今でもよく覚えています。それくらい「どうやったら目の前の人が楽しくなるか」ばかり考えていました。
高校時代は意外に思われるかも知れませんが、野球に打ち込みました。でも練習のときにはふざけてみんなを笑わせていたので「野球の才能はないけど笑いの才能はあるから、大学は落研に行ったほうがいい」と言われました。それで大学では落研に入りまして(笑)。その頃オーディションを受けたのがきっかけで、ちょっとしたコーナー担当でしたがラジオ番組のレギュラーを持つようになりました。それが大学で少し評判になって天狗になりましてね。大学を中退し芸人になりました。
愛知県芸術劇場 支配人 劇場運営部長 浅野 芳夫 氏
齊藤:プロの世界に入ってみていかがでしたか。
浅野氏:プロになってはじめて、素人との違いを思い知らされました。学生や素人ならたとえスベっても、ディレクターが責任を問われることはほとんどなかったと思います。でもプロの現場では、芸人が面白くなければディレクターの責任にもなる。キャスティングが悪いと。だから面白くない人は使ってもらえません。僕は「面白い素人」というポジションで声をかけられたのですが、プロになった途端にいろいろ意識してしまって、カメラの前では面白いことが言えない。「カメラが回る前は最高に面白いのに」と言われつつ、芸人の仕事はだんだん量が減っていきました。
齊藤:そこからどんな経緯で劇場の仕事に携わるようになったのでしょうか。
ヤマハサウンドシステム株式会社 事業企画部 計画設計課 齊藤 健太
浅野氏:芸人としてはそんな感じでしたが、お笑いマンガ道場という番組のスーツアクターや、タレントっぽくテレビ番組のリポーター、コント、コンサートの司会、少し芝居もやるようになって、そこそこ忙しくなってきた頃、地元の愛知県稲沢市から「新しい市民会館を作るので、今までの経験を活かし、地元の地域貢献のためにアドバイザー兼運営として入ってくれないか」と声がかかりました。それが劇場の世界に関わるきっかけでした。31歳のときです。
融通が効かない市民会館は好きではなかった
齊藤:稲沢市民会館にはどのタイミングから参加したのですか。
浅野氏:建物が完成する前の「準備室」の段階から参加しました。でも実は僕、市民会館ってところが好きではなかったんですよ。司会やお芝居で劇場を使っていましたけど、お役所的でとにかく融通が利かないところを経験してましたので。前に芝居が終わった後に忘れ物をしたことがあるんです。で、市民会館に取りに戻ったら「決まりだから開けられない。明日にしてくれ」と言われました。職員はいるのに。もう腹を立てて帰りましたよ。後に運営側になって、職員の方がそういった理由もわかったんですが、やっぱり説明が足りないですよね。確かにそこには理由がある。でも「決まりだから」の一言で追い返されたら、利用者は納得できない。大事なのは、なぜそうしなければいけないのか、その理由をきちんと伝えることです。そうすれば同じ対応でも受け止め方は全く違ったはずです。
齊藤:それは利用する側ならではの気づきですね。稲沢市民会館ではどんなお仕事をされたのですか。
浅野氏:ホールが3つあるのに、職員は10人と少なかったので、利用受付、打ち合わせ、事業企画、修繕対応など何でもやりました。その時、音響の仕事をするようになり、貸館や自主文化事業でオペレーションもしていました。それまで司会や講師として舞台に立つことも多かったので特に「しゃべりやすい音響」には強い関心があったんです。今も講師や講演会みたいな依頼をいただきますが、自分の音響の腕はさておき、「喋りやすいなぁ」と感じるホールは意外と少ないと思っています。
齊藤:運営担当者としてホールの方々とは、どうやって信頼関係を築いていったのですか。
浅野氏:ここが僕の失敗したところで、もともと野球部上がりの体育会系なので「口調がきつい」と言われていました。でもそのまま体育会系のノリで続けていたら、40代になってすぐのある日とうとう職員の総意として、「このままではあなたについていけません」と言われてしまったんです。
そこからは、自分を変えるしかないと決めて、毎朝、赤いマジックで手のひらに「怒らない」「言葉は丁寧に」「愚痴を言わない」「人の話を聞く」といった戒めを書き、夜には反省しながら消すことを毎日続けました。それを続けるうちに少しずつ変われたのかも知れません。基本的に優しい職員ばかりでしたので、僕といままでどおり接してくれるようになりました。その後、愛知県芸術劇場へのお誘いがあったのですが、「稲沢を見捨てないと約束できるなら、もっと大きな舞台に進むべきだ」と、気持ちよく送り出してくれました。あのとき僕にはっきりと言ってくれた職員の皆さんには本当に感謝していますし、今も仲良くさせていただいています。
1カ月の間に世界三大オーケストラが公演する劇場
齊藤:愛知県芸術劇場に移ったのはどんなきっかけですか。
浅野氏:個人的には、同時期に稲沢市民会館に入った後輩職員たちも大きく成長していましたし、自分の存在が彼らの成長の“蓋”になってしまうのではないかと感じるようになっていました。何か次の仕事に当てがあるわけではなかったのですが、「劇場の仕事は50歳くらいで一区切りかな」と思ってはいたんです。31歳で稲沢市民会館に入って19年が経った頃、愛知県芸術劇場が指定管理になるタイミングで「来てほしい」とお声がけいただき、「返事は少し待って欲しい」とお伝えしたところ、「考えたら断るから、今この場で返事が欲しい」と言われまして(笑)、そうして、舞台技術グループのチーフマネージャーとして、愛知県芸術劇場に入ることになりました。
齊藤:愛知県芸術劇場に来てみて、いかがでしたか。
浅野氏:「これはとんでもないところに来てしまった」と思いましたね。とにかく劇場が大きい。今までの経験やプライドなんて、1ミリも通用しない。しかも指定管理への切り替えに伴って舞台技術スタッフも全員入れ替わり、誰も劇場全体のことを把握していない状態からのスタートでしたから「これは大変なことになった」と思いました。
齊藤:愛知県芸術劇場についてもご紹介ください。
浅野氏:愛知県芸術劇場は、大ホール、コンサートホール、小ホールの3つで構成されています。大ホールは最大2,480席で、大規模なオペラ、バレエ、ダンスに対応できる舞台機構を備えた、日本で初めての「オペラハウス」としてオープンしました。コンサートホールは、6,883本のパイプと93種類の音色を持つ日本最大級のパイプオルガンと豊かな残響のクラシック音楽専用ホールです。小ホールは、舞台・客席とも自由なレイアウトが可能なフレキシブルな空間で、残響も少なく演劇に向いています。ちなみに小ホールは残響が約1秒と短めですが、ヤマハの残響支援システム「AFC」を導入しており、用途に応じて響きをコントロールできます。
本格的なオペラ、バレエ、ダンス公演が上演可能な大ホール(2,480席)
日本最大級のパイプオルガンを備えたコンサートホール(1,800席)
齊藤:公演としてはどのようなものが多いのでしょうか。
浅野氏:2024年度からは唐津絵理芸術監督体制のもとで、質の高い世界的なダンス作品の創造・発信、実験的な作品や公演プログラムの招聘、企画・上演を実施しています。貸館に関しても、近年は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団といった「世界三大オーケストラ」が1ヵ月の間に相次いで公演を行いました。東京でも世界三大オケが一つの劇場で公演することはなかなかないと思います。お客様にとっても一生に一度あるかないかの経験だったのではないでしょうか。
コンサートホールに設置された日本最大級のパイプオルガン
スタッフの力を信じて託し、全責任を負う、
それが劇場支配人の仕事
齊藤:愛知県芸術劇場の舞台技術のチーフマネージャーとはどんな仕事なのですか。
浅野氏:舞台技術グループは、指定管理化に伴って新設された部署です。主な役割は、自主文化事業では舞台、照明、音響プランやオペレート等を行い、貸館では利用者と劇場舞台運営の調整役です。利用者から「こんな使い方をしたい」という要望があったとき、安全面や設備上の理由からそのままでは難しい場合もあります。その際に「なぜできないのか」「代わりにどんな方法なら実現できるか」をお伝えしつつ、落としどころを探るという感じですね。チーフマネージャーは、主にそれらの仕事を統括したり、舞台の修繕の予算の交渉をしたり、勤務スケジュールを調整したりという仕事です。
齊藤:その後劇場の支配人になられました。支配人とはどんな仕事なのですか。
浅野氏:支配人の前は館長として、企画制作部、劇場運営部を含め、ほぼ館全体の統括をしていました。支配人の役割は少し異なり、舞台技術グループ、劇場運営グループを主に統括する仕事です。支配人として意識しているのは、できるだけ多くの時間を職員の相談や言葉に耳を傾けること、そして大きな問題の最終判断を行い、職員のすることに対し信頼し、その責任を負うことです。たとえば、現場で緊急の判断が必要な場合でも、「判断ミスになってしまったとしても、問題が起きたら私が責任を取るので、お客様のために思い切って仕事をしよう。反省点があればまた皆で考えよう」と職員にはっきり伝えています。そう言い切ることで、職員も主催者さんも安心して劇場を利用できると思っています。
トラブルが発生した場合はすぐに現場に急行し、劇場側に問題があれば自分もお詫びをするようにしています。いつもいい仕事をしている職員が、自分ひとりで謝らなければならず萎縮してしまうのは嫌なんです。人は萎縮すると、本来の力を発揮できなくなってしまいますから。正式な謝罪や責任をとることは、支配人である僕の仕事。安心して最大限の実力を出してもらえる現場づくりこそが支配人の役割だと思っています。
齊藤:スタッフを安心させるために、平気な顔を見せるのも支配人の仕事なんですね。
浅野氏:そうですね。僕は仕事があんまりできないし、職員もきっと期待はしていないと思います(笑)。でも何かあったときに「まあ、大丈夫じゃない?」と平気な顔をしているようにしています。僕が心配そうにしていると、現場が動揺してしまうと思います。ただ、それができるのもうちの職員が優秀だからこそ。彼らを信頼しているから平気な顔ができるとも言えます。
音を託せるプロフェッショナルとの協働
齊藤:浅野様にはヤマハサウンドシステムの音響のセミナーにもご出演いただくなど、日頃大変お世話になっています。ヤマハサウンドシステムへのご意見をぜひお願いします。
浅野氏:ヤマハサウンドシステムさんに限らずですが、舞台に関わってくださる業者さんには常々心から感謝をしています。中でも特に音響はトラブルがあると目立ちやすいんですね。音が出なければ舞台は致命的です。ですから絶対に信頼のある業者さんにお願いしたいと常々思っています。ただ、改修などの業者選定は入札制で、こちらの意向通りにはなりません。運よくヤマハサウンドシステムさんにお願いできると、ほっとします。
僕もいろいろ言わせていただく事も多いのですが、真摯に向き合ってくださる。だから、仕事のプロフェッショナルとして心から信頼しています。
齊藤:2017年に小ホールの残響支援としてヤマハの「AFC」が導入されました。使い勝手や効果はいかがですか。
「AFC」を備えた小ホール(最大330席)
浅野氏:小ホールに「AFC」を導入すると決まったとき、正直言って最初は本当に小ホールで使えるのかと半信半疑でした。でも使ってみると本当に使いやすかった。「AFC」はPAとは独立したシステムで操作もシンプルなので、残響の幅を選んで強さを調整するだけで自然な響きを作り出せます。
音楽の演奏はもちろん、演劇でも、残響付加の用途とは少し違いますが、ナチュラルな拡声として使用されています。特にアーティストさんの声の調子があまり良くない時でも「AFC」を入れると自然で聞きやすく拡声できます。本当に効果を感じているので、今では他の劇場職員にも強くおすすめしています。
終演後の観客の笑顔が劇場の仕事の価値を教えてくれる
齊藤:バックステージツアー「げきじょうたんけんツアー」が大人気だそうですね。
浅野氏:僕はこういったことが大好きでして(笑)。稲沢市民会館の時代から「バックヤード・アドベンチャー」として、子どもたちにシーリングスポット室や奈落、ピンルームなどの舞台裏を、安全に注意しながら体験してもらう企画を行ってきました。運が良い事に、子どもたちのために愛知県芸術劇場でも「げきじょうたんけんツアー」としてやらせていただけています。
ツアーでは、僕が案内役のジョニー隊長となり、バトンや迫を動かしながらステージの裏側を見学してもらい、参加者はまず見習い隊員として、たんけん手帳を手に持ち、7つのひみつを解明するためにスタート。ツアーが終わると、隊員として認定し、バッチをお渡ししています。アンケートで「面白かった」と書いてもらえると本当にうれしいですね。
また、僕のもう一つの夢だった「“おとな”のげきじょうたんけんツアー」もやらせてもらうことができました。ファンの方々はアーティストが使う楽屋や舞台裏の動線にとても興味を持たれて、大変好評でした。
バックヤードツアーを行う目的は2つ。一つは劇場をもっと身近に感じてもらうこと。もう一つは、参加者がこの体験を家族や友人に話すことで、劇場に関する会話が増え、その中から劇場に興味を持って足を運んでくれる人や、劇場の仕事に興味を持つ人が増えてくれることを期待しています。
齊藤:劇場支配人として、特に大事にしていることはありますか。
浅野氏:開演や終演のタイミングでできるだけホールの入口に立ち、一人ひとりにお声をかけるようにしています。エスカレーターで転びそうな方がいたらお助けする、という実務的な理由もありますが、一番は「ご来場への感謝とお客様の笑顔が見たい」からです。終演後のお客様は本当にいい表情をされているんですよ。楽しみにしていた舞台を観て、満足して帰路につくその笑顔を見ると「この仕事をやっていてよかった」と心から思えます。大ホールなら、2,000人以上のお客様が、たった数時間でみんな笑顔になって帰っていく。その瞬間に立ち会えることこそがこの仕事の最大のやりがいですし、舞台芸術には人を幸せにする力があると信じています。その力が十分に発揮される場を整えることが、劇場の大切な役割だと考えています。
齊藤:最後に、劇場スタッフや音響スタッフとして奮闘している方々へメッセージをお願いします。
浅野氏:どんな仕事も、やりがいがなければ続きません。劇場や音響の仕事も同じです。僕自身、終演後のお客様の笑顔を見て泣きそうになるほど幸せを感じる瞬間があるから、ここまで続けてこられました。これほど多くの人を幸せにできる仕事は、そんなに多くないと思います。いま現場で奮闘している方々にはそれぞれ辛いこともあるでしょうが、そのときは一人で抱え込まないでほしい、と伝えたいです。長くこの世界にいる人間が少しでも話を聞いたり、経験を共有したりすることで、気持ちが軽くなることもあるはずです。ここまで劇場に育ててもらった人間として、これからは、いろんな恩返しをしていきたいんです。知識やノウハウだけでなく「しんどい時に相談できる人」でありたいと思っています。
齊藤:本日は貴重なお話をありがとうございました。
関連リンク