
松竹ショウビズスタジオ株式会社 顧問 内藤 博司 氏(写真右)
ヤマハサウンドシステム株式会社 事業企画部 計画設計課 齊藤 健太(写真左)
松竹ショウビズスタジオ株式会社
顧問 内藤 博司 氏(写真右)
ヤマハサウンドシステム株式会社
事業企画部 計画設計課 齊藤 健太(写真左)
「Intermission(幕あい)」とは、一幕が終わって、次の一幕が始まるまでの間。舞台に幕が下りている間のこと。このシリーズでは、ヤマハサウンドシステムが日頃お世話になっているホール・劇場の世界を牽引するキーマンの方々に、市場のトレンドやヤマハサウンドシステムへの期待などを、その仕事の「Intermission(幕あい)」に語っていただきます。
第二幕 Act14 のゲストは歌舞伎座・新橋演舞場・南座・大阪松竹座・新歌舞伎座などの劇場の音響管理をはじめ、明治座・博多座などでの舞台音響を担当する松竹ショウビズスタジオ株式会社 顧問 内藤博司氏をお迎えし、舞台音響について語っていただきました。
人のご縁に恵まれ、憧れていた音響の仕事へ
齊藤:最初に内藤さんの現在のお立場をうかがってもよろしいでしょうか。
内藤氏:現在の松竹ショウビズスタジオ株式会社の前身、株式会社ショウビズスタジオに入社し、ずっとこの会社にお世話になり2025年3月一杯で取締役を退任し、今は現場業務を行いながら顧問として活動しております。
松竹ショウビズスタジオ株式会社 顧問 内藤 博司 氏
齊藤:音響の仕事を志したきっかけをおしえてください。
内藤氏:僕はぎりぎりビートルズ解散前をリアルタイムで追えた世代で、ずっと洋楽漬けでした。ただ北海道・美瑛町の田舎生まれなので、コンサートなどの観賞体験はほとんどありません。音響という職業があることさえ知らなかった。でもビートルズの映画でスタジオ録音のミキシングシーンを見て、僕もこんな仕事がやりたいと思いました。
齊藤:そこからどうやってショウビズスタジオに入られたのですか。
内藤氏:音響の仕事をやるなら地元ではできないと思い、東京に出て専門学校で学びました。夜は割烹屋でアルバイトをし、そこで親しくなった板前さんに「音響の仕事がしたい」と打ち明けたところ「音響効果の会社を知っているよ」と紹介してくれたのがショウビズスタジオでした。ですから僕は本当に、今に至るまでずっと人のご縁に恵まれて来たのだと思います。
齊藤:最初はどんな仕事から始まったのですか。
ヤマハサウンドシステム株式会社 事業企画部 計画設計課 齊藤 健太
内藤氏:「音響効果?何それ」という感じで入社したわけですが、初日に社会人としてスーツで出社したら、いきなり先輩に「君、仕事にそんな格好してきちゃダメだよ。これから新橋演舞場にスピーカーを運ぶから」と、SHUREのVocal Masterというスピーカーでしたが、当時の会社は新富町にありまして、新橋演舞場までは1km程の距離をスーツで担いで運びました(笑)。
齊藤:当時の演舞場の音響の仕事は、どのような様子だったのでしょうか。
内藤氏:旧演舞場の音響室は、花道の奥の役者さんが出入りする鳥屋口(とやぐち)の横に仮設で作られた、わずか2畳くらいのスペースでした。とにかく狭かった。その当時の音響は、ずいぶん冷遇されていた印象です。
でも先輩方の時代はもっと厳しかったそうで、師匠でショウビズスタジオの創始者、辻󠄁亨二さんの著書『心に残る音』に書かれていますが、音響室が確保できる前は、舞台の大臣囲いの上、一番暑くてほこりだらけの場所で音出しをしていたそうです。上から舞台は見えるのですが、花道が見えないためキッカケで音が出せない。これでは困るから何とかして欲しいと訴えたら、関係者が車のバックミラーを持ってきて「これで何とかしてください」と。そういう時代です。そこから苦労を重ねて音響室を勝ち取ってくれたたわけです。今はどの劇場にも立派な音響室があります。それは諸先輩方が頑張ってくれたお陰なのです。
テープレコーダーの再生で学んだ芝居の「間」の感覚
齊藤:内藤さんがショウビズスタジオで最初に任された「音の仕事」は何でしたか。
内藤氏:先輩がテープレコーダーの効果音再生の一部分を任せてくれました。初めての本番は若き日の片岡孝夫さんや玉三郎さん、勘九郎さん(五世)らが出演する「若手花形歌舞伎」の公演でした。先輩がキッカケを記入した台本の「このセリフで音を出せ」と言う。ところが出すと「遅い」「早い」と叱られました。そこで初めて知ったのが当時のテープレコーダーは物理的な立ち上がりの問題で再生音が聞こえるまで0.5秒程の時間が必要で、更にスタート時にクリック音が出るため、その間に素早くフェーダーを上げなくてはいけない。時間差を考慮しつつ芝居と音の呼吸を合わせるのは容易ではありません。公演中ずっとダメ出しされ続けて、ようやく少しだけ体に入ってきました。
齊藤:いきなり新人に本番を任せるのはすごいですね。
内藤氏:はい、その先輩はあえて本番をやらせてくれました。ご自分で責任を取れる範囲で任せてくれたおかげで、芝居の面白さと音を出すことの怖さと難しさを、いちばん最初の段階で学ぶことができました。
その先輩から教えられた一番の言葉は”芝居の音出しはお茶汲みに似ていて、お客様(俳優)がお茶を飲みたいと思うタイミングでお茶を出すのがキッカケ(気配り)なんだよ”と
これは僕の人生の座右の銘となっています。現在ではお茶汲み強要もハラスメントとなりますが⋯
齊藤:テープレコーダー係の後はどんな仕事をするのですか。
内藤氏:当時の会社には暗黙の新人育成プログラムがあり、まず先輩に付いて劇場に助手として入り基本を学ぶ。次は歌舞伎座、演舞場や明治座に配属されての音響管理業務で、毎月の演目全般のオペレーションを任されます。僕の最初の配属は明治座でした。どの劇場も今のように長い稽古期間はなく、月初めからおおよそ25日までの公演が終わると、新作だろうが再演だろうが月末の1週間足らずで翌月の演目を作り上げる。短い立ち稽古から舞台稽古で一気に仕上げていく。ですから稽古では演出家、作曲家、音響プランナーの意図を読み、場面の温度を感じ取り、その場で試して詰める。短期集中のこのリズムが、僕の現場勘を徹底的に鍛えてくれました。
齊藤:明治座の音響管理の後は、現場を任されたのですか。
内藤氏:明治座で2年ほど修行した後、人形劇”木馬座”の地方公演に配属されました。俳優は着ぐるみなのでセリフは全て事前に録音されたもの。3台ほどのテープレコーダーを用意し、次々にセリフや音楽、効果音を出すわけです。しかも巡業で機材はすべて会場設備を使用するため拝借機材などを各会場と前もって打ち合わせを行う。設営、本番、撤収、全部一人。代わりはいないし、体調も崩せない。音がトラブルと芝居も止まる。そんな巡業から戻って労われる言葉は「巡業をこなして帰ってきたら、ようやく一人前だから」と。
でもその巡業で得た物は大きく、やっと会社の一員になれたと誇らしかった。
師匠・辻󠄁亨二氏に学んだ「音が演技する」ということ
齊藤:これまでに内藤さんが手掛けた仕事で印象深いエピソードはありますか。
内藤氏:師匠の辻󠄁亨二さんからは多くのことを学びました。たとえば辻󠄁さんの音は、単に音を出すのではなく、「演技」しているのです。例を挙げるとウグイスの「ホーホケキョ」ひとつでも、環境音での鳴き方と、役者の心情を受けて次の演技を助長する鳴き方では、間、音量、音源の選び方が違う。辻󠄁さんは、その違いを非常に大切にしておられました。「音が演技をする」ということは頭では理解できても、なかなかそれを実践できるものではありません。
もう一つ学んだ大きな事は、”失敗したら自分が悪い、上手く行ったらオペレーターのお陰”。これも座右の銘です。果たして実行されているのか自分では判りませんが・・・(笑)
それと、僕は坂東玉三郎さんと一緒に仕事をさせていただいて、もう45年になりますが玉三郎さんがいつもおっしゃっていたのが「演技で一番大切なのは相手が何かを言ったら、それをまず受け取って脳内で反芻してその言葉に対して反応を起こし相手に返す」。言葉をしっかりと受け取ってからのリアクションでなければ、その演技は嘘になると仰います。だから音出しのタイミングにも、ものすごくこだわられ、相手のセリフを受け止めているときに音を出されると、すごく気持ち悪いと仰います。もちろん全てがそうではない。先行せねばならない事もあるしタイミングを合わせることもあれば、セリフの後の反応を見てから出すこともある。そのタイミングによって、音量も変えなくてはいけない。ここに細かく留意することで芝居の印象がガラリと変わり、お客様の反応も激変する体験を幾度もさせていただきました。
齊藤:役者の演技に呼吸を合わせるのが「音が演技をする」ということなんですね。
内藤氏:そうです。その日の天候、お客様の入り具合や反応によって演者のテンションや演技も微妙に変化します。そうした中での音を出す間合いや音量制御は、ある意味担当するオペレーターの感性が問われます。
だから僕は音響オペレーターに、プランナーが要求する音出しのきっかけやタイミングを「常に否定してほしい」と言っています。プランナーの指示したキッカケが果たして一番正しいのだろうかと考えてほしい、ここでウグイスの鳴き声と言われたけど「ウグイスよりもふさわしい音があるのではないか?」と考えることが大切で、それが次のプランナーを輩出する近道だと思うからです。言われた通りのオペレーターよりもプランナーの思いを理解した上で、納得できない部分があれば協議をして、納得した上でオペレーターが気持ちよく芝居に没入してくれる事が大事だと思っています。
「音が無いのが一番の効果音」という境地
齊藤:音のプランニングというのは、それほどにも重要なものなのですね。
内藤氏:少なくとも僕は大切にしています。だからこそ、半世紀近くやって来たのだと思っています。
ただ、昨今のいろいろなお芝居を観ていると、効果音などは低い音量で鳴りっぱなしで“心に残らない音”になってしまっていることが多くあります。「何でもいいからここを音で埋めてよ」といった要求が増えているのかもしれません。
効果音などにこだわりを持ち、時代考証を的確に行う劇作家や演出家、物申すプロデューサーが少なくなってしまったことも一因なのでしょうか。
辻󠄁さんがもう一つ大切なことをおっしゃっていました。「音が無いのが一番の効果音」ということです。僕もその境地に至るには、時間がかかりました。どうしても「このシーン、音が何もないけど大丈夫なのか?誰かに手を抜いたと言われるのではないか?」という強迫観念に駆られるんです。ですから過去の僕も含め経験の浅いプランナーは、つい場面を音で埋めようとして収拾がつかなくなってしまいがちです。
齊藤:音があるか、ないかで役者さんの演技も変わってくるのでしょうね。
内藤氏:そうです。特に歌舞伎俳優は音を大事にしてくれます。「ここで音が入るのね」と必ず確認してくれますし、不要な音は”自分の芝居で持たせられるから要らない”と言ってくれます。
ヤマハサウンドシステムは、かけがえのない戦友
齊藤:内藤さんにとってヤマハサウンドシステムとはどんな存在ですか。
内藤氏:ヤマハサウンドシステムさんは、その前身の不二音響時代からの非常に長いお付き合いがあり、困っているときに一緒に悩み、考えた上で現場に落としてくれる、僕にとってはかけがえのない戦友です。
そんなヤマハサウンドシステムさんとの関わりで一番大変だったのは、歌舞伎座のシステム設計でした。歌舞伎は世界に名だたる日本の古典芸能ですから、他の劇場と違って極めて特殊です。スピーカーの露出設置や、PA的に聴こえる音は殆ど却下です。それを回避するために今の歌舞伎座ではプロセニアム上部の”水引幕”と言われる部分に9基のスピーカーを隠蔽設置し、役者や演奏家の立ち位置に応じて送出スピーカーの配分を変え、さらに距離補正のディレイをかけています。たとえば演奏者が下手奥山台であれば、下手側の3基だけを鳴らす。そして距離に応じた補正をかけて定位を作る。いわゆる最近のイマーシブ的な音響手法をある意味一部利用しています。こうした緻密な音響のシステムはヤマハサウンドシステムさんといっしょに作り上げたものです。
一階席上部(二階席下部)アンダーバルコニーとステージフロントのスピーカー
限られたスピーカーのみ露出で設置。一階壁面と客席後方に設置されたスピーカー
天井の竿縁部分と三階の業平格子壁面には多数のスピーカーが隠蔽設置されている
内藤氏:邦楽器の音の拡声には細心の注意を払っています。三味線の音は、そのまま出すと、パチパチとした針金の様な音になってしまいます。それを補正するために普通ではあり得ないほどEQで高域を落としています。一方で小鼓や大鼓は、そのままでも自然に聞こえますが、こちらもアタックが鋭い楽器なので距離補正を緻密にしないと、生音と拡声音が二重に聴こえてしまう。こうした電気音響を感じさせずに自然な音を響かせている技術者たちの苦労と高い能力は、もうすこし日の目を見てもいいのではないかと思っています。
齊藤:ヤマハサウンドシステムに今後期待することがあれば教えてください。
内藤氏:ヤマハサウンドシステムさんはすでに十分やってくださっているので、特に望むものはありません。現在の歌舞伎座のシステム設計に関しては出力数が非常に多く、最新の機材でも対応しきれないという課題が常にあるなか、いろんな知恵を絞って、素晴らしいソリューションを出してくれる。大変頼りにしています。
思い出深いことといえば、ヤマハサウンドシステムさんが合併する前、不二音響だったころに、効果卓「Meister」を一緒に作り上げたことですね。劇場では、場面ごとに複数の音を、多くのスピーカーへ音量や音質を変えながら送出する必要があり、今では当たり前になっているマトリクス機能ですが、シーンで制御可能な48出力のものを特注で作ってもらいました。出力をダブルクリックで選択し、まとめて音量変更することを可能にしてもらったり、オープンリールテープのロケーター機能にも、大変助けられました。今はパソコンベースなので頭出しは簡単ですが、昔は舞台稽古で”今のシーンもう一度返します”となった際に、6台も7台もあるテープレコーダーのテープをすべて手作業で巻き戻していました。それを見ていて大変そうだと思った設計者さんが、シーンの位置まで自動で巻き戻せるテープロケーターを苦心して実現してくれました。これは秀逸でスタジオのマルチレコーダーの様なスムーズな動作でした。このように現場のニーズを的確に捉え、それに応えようと尽力してくださる姿は、まさに「戦友」としかいいようがありません。心より感謝しています。
音響技術進化の功罪と、これからの音響に求められるもの
齊藤:長年舞台音響に携わって来た内藤さんから見て、音響機器の進化の良かった点と悪かった点を教えてください。
内藤氏:良い点は、誰もがいとも容易く”フラットな音”が出せるようになったこと。以前ならば熟練のオペレーターの技術を必要としたクオリティの音が、簡単に出せるようになりました。逆に残念に思うのは、芝居の音にオペレーターの人格が出てこなくなったことです。いくら機材が進化したとはいえ、操作をするのは人間です。そこに人間性や芸術性が出てこないと、結局は機材を使いこなすだけ。僕は、このままではオペレーターは要らなくなるのでは、と危惧しています。照明プランナー、音響プランナー、進行を司る舞台監督がいれば、稽古でプランナーがデータを入れ込み、舞台監督の進行で実行すれば舞台が成立してしまう。でも、それは単なる自動再生であって芝居の音出しではない。その時の役者の演技や呼吸に合わせて”手心を加える”。そういった芝居の音響は、人間が操作することで初めて成立するものだと僕は思っています。
齊藤:おっしゃるとおりだと思います。今後、内藤さんがやってみたいことはありますか。
内藤氏:今の仕事を続けられるのはそれほど長くはないと思っております。生成AIについて学びたい。AIと人の感性で効率の良い分業、棲み分けが可能なのではないかと。あと、YouTubeも挑戦してみたいですね。今、ちょうど映画「国宝」の大ヒットで歌舞伎への興味が高まっていますが、まだまだ敷居が高い。YouTubeで音響的な”副音声解説”みたいなことが出来たら面白いかなと思っています。
齊藤:YouTubeでの歌舞伎音声の解説はぜひ見たいです。最後に、これから演劇や音響の世界を目指す若い世代の方々に向けて、エールをお願いします。
内藤氏:音響という仕事には、レコーディング、PA、そしてミュージカルや演劇、ステージケアなどさまざまな分野がありますが、やはり音響の仕事を面白いと思って、この業界を志望してくれる若者が増えるといいなと思います。
僕がこの仕事を続けてきて「本当にやってきてよかった」と思う瞬間は、自分が出した音で、役者さんが気持ちよく芝居ができた、お客様の反応がよくなったという手応えを感じられた時です。演者が音を聴いて、自分の中でイメージを膨らませ、それが次の演技につながりお客様に相乗効果で伝わる。その瞬間こそが、音響の仕事の醍醐味だと思っています。ぜひ、音響の仕事に飛び込んで、あなた自身の「手応え」を見つけてほしいと思います。
齊藤:本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
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