愛知県名古屋市、千種駅からほど近い「メニコン シアターAoi」は、公益財団法人メニコン芸術文化記念財団(以下、同財団)が地域文化の発展を目指して2023年に開館した劇場です。ヤマハサウンドシステムは本劇場の音響システムの設計および施工を担当しました。劇場のコンセプトや音響システムの特長、実際の運用などについて、運営を担う同財団 事務局長の杉山 章寿 氏、劇場の管理運営を担当する株式会社若尾綜合舞台 舞台総括の寺部 典明 氏、音響担当の見城 恵 氏にお話をうかがいました。さらに、同財団 代表理事 田中 英成 氏の特別インタビューもあわせて掲載します。
公益財団法人 メニコン芸術文化記念財団
事務局長 杉山 章寿 氏(前列右)
株式会社若尾綜合舞台
ホールサービス部 ホールサービス課 寺部 典明 氏(前列中央)
同 見城 恵 氏(前列左)
ヤマハサウンドシステム株式会社
設計部システム設計2課 髙橋 杏奈(後列左端)
同 事業企画部 マーケティング課 木村 優佳(後列左から2番目)
同 営業部 名古屋営業所 青井 隆昌(後列右から2番目)
同 事業企画部 マーケティング課 兼子 紳一郎(後列右端)
空間の自由度を追求した演劇主体の「シアターAoi」
● メニコン芸術文化記念財団は「HITOMIホール」と「メニコン シアターAoi」の2つのホールを運営されていますが、それぞれの特長について教えてください。
杉山氏:
「HITOMIホール」は、2012年に地域の皆様に広く愛される人々の交流の場として、”探求心、創造、交流、感動”をコンセプトに開館した、音楽を眼と心で感じていただけるホールです。客席数は110席、残響時間は1.77秒で、特にクラシックの小編成や声楽が美しく響く多目的ホールとなっております。一方で「シアターAoi」は、質の高い芸術観劇・鑑賞の場としてだけでなく、舞台の創造・制作に関わる人材の機会創出や、地域にお住いのあらゆる人々が、さまざまな他者の表現に出会い、自らも表現が行える場を目指し、2023年7月に演劇やオペラ、ミュージカルを主体とした劇場としてグランドオープンしました。客席数は301席で残響時間は0.9秒と短く、舞台上のセリフをはっきり聴かせることができる仕様となっています。
公益財団法人 メニコン芸術文化記念財団 事務局長 杉山 章寿 氏
シアターAoi
● 「シアターAoi」は、とても自由度の高い舞台機構を備えているそうですね。
杉山氏:
はい。中通路から前の客席をすべて外し、張り出し舞台を作って観客に近い位置で演技をしたり、桟敷席にして子どもたちに間近で観てもらったりと、観客との距離感を自在にデザインできます。
また、舞台中央には深さ6.1mまで下がる「セリ」があり、高さのある大きなセットを組んで奈落から昇降させるといったダイナミックな演出にも対応します。さらに、客席前部をオーケストラピットに転換すれば、ピアノと10名程度の小編成の演奏も可能です。演出の意図に合わせて、劇場の形そのものを最適化できる、懐の深い設計となっています。
● どのような催し物が多く行われているのでしょうか。
杉山氏:
基本的には演劇、オペラ、ミュージカルが主体ですが、落語の演目も多く、セリフが明瞭に聴こえる点について主催者の方々からも好評をいただいています。また貸館公演としてジャズなど小規模な音楽ライブで利用されることもあります。これまでには、ピアニストの小曽根真さんやアヴィシャイ・コーエンさんの公演も行われ「客席との距離が近く、音の粒立ちがしっかり聴こえる」と大変評判が良かったです。
限られた空間に本格的な舞台を優先し
響きは音場支援システム「AFC Enhance」で補強
● 「シアターAoi」でヤマハの音場支援システム「AFC Enhance」を導入した経緯を教えてください。
杉山氏:
「シアターAoi」は、反響板は設置せず幕舞台として設計されています。限られた空間を最大限に活かし、自由な空間演出を可能にする26本のバトンと本格的な黒塗り檜舞台という、表現者にとって理想的な舞台を優先しました。一方で、音の響きについては、反響板などの物理的な制約に縛られない、電気的な音場支援システムでカバーしようという考えに至ったのです。
● 「AFC Enhance」を選定した理由を教えてください。
杉山氏:
事前に、愛知芸術文化センター内の「愛知県芸術劇場」小ホールに導入されている「AFC Enhance」を田中代表理事や音響担当者と試聴しに行きました。そこでバイオリンの演奏などを聴いたのですが、電気的であることを全く感じない自然な響きで「これならいける」と確信して導入を決めました。
● 実際に「シアターAoi」で「AFC Enhance」の音を聴いた印象はいかがですか。
寺部氏:
私もPAをやっていた人間なので、電気的な響きがどういうものか興味がありました。実際に聴いてみると、楽器からの直接音はそのまま素直に聴こえ、余韻の部分だけが補強されて聴こえてくるため、違和感がなく「空間の響き」として自然に感じられました。貸館の際に、利用者の方にリハーサルで「AFC Enhance」のオン・オフを聴き比べてもらうと、皆さんその違いに驚かれ、9割の方が「AFC Enhance」を利用しています。
株式会社若尾綜合舞台 ホールサービス部 ホールサービス課 寺部 典明 氏
見城氏:
私も最初はエフェクターのリバーブに近い電子音が出てくるのかなと思っていました。しかし、実際に聴いてみると、本当にクラシックホールに近い音になっていて驚きました。
株式会社若尾綜合舞台 ホールサービス部 ホールサービス課 見城 恵 氏
杉山氏:
実際にここで演奏された小曽根真さんやウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のライナー・ホーネックさんからも「素晴らしい響きを体感できる」という感想をいただいています。
● 現場では「AFC Enhance」の調整はどのように行っていますか。
見城氏:
ヤマハサウンドシステムさんにさまざまな設定を作っていただいており、それをタブレットのフェーダーで操作しています。ピアノなどは、響き方によって弾き心地がまったく変わってくるため、リハーサルの際に演奏者のすぐ横でリアルタイムに調整を行っています。調整室からではなく、舞台上で直接演奏者の方と「どうですか?」とコミュニケーションをとりながら調整できるため、とても助かっています。
寺部氏:
音楽用途だけでなく、演劇においても「空間の広がり」を感じさせる演出として「AFC Enhance」を薄くかけるといった使い方をしています。また、クラシック公演でMCが入る際は、響きが長すぎると声の明瞭性が落ちてしまうため、MCの時だけフェーダーで「AFC Enhance」の響き成分をスッと下げる、といった運用も行っています。
実用性の高いスピーカーと、現場を支えるインフラ
● プロセニアムやサイドに導入されたNEXOのスピーカーはいかがですか。
見城氏:
プロセニアムにはNEXOの「P15」と「P10」を、サイドには「P12」「P8」、さらにサブウーハとして「L15」を使用しています。これらのスピーカーは非常にクリアな音で、落語や講演会などでも話者の言葉がはっきり聴こえます。音楽公演においても、過度な補正に頼らなくてもハウリングを起こしにくく、ナチュラルに鳴ってくれるため、非常に使いやすいスピーカーだと感じています。
スピーカーが隠蔽設置されるプロセニアムアーチ
寺部氏:
スピーカーのクオリティが高いので、ツアーの乗り込み業者の方々も機材を持ち込まずに、音響調整卓のヤマハ「CL5」を含め、この劇場の常設システムだけで公演が完結するケースが多いです。
また、ワイヤレスの舞台連絡設備も重宝しています。1ボタンで各階の楽屋を一斉に呼び出しできるシステムは制作スタッフから好評ですし、1.9GHz帯のトークバック用ワイヤレスマイクは、本番用のワイヤレスマイクと干渉せずに単独で運用できるため、奈落でのセリの昇降作業時の連絡などに大活躍しています。
音響調整室のデジタルミキサー ヤマハ「CL5」
1ボタンで各階の楽屋を呼び出しできる楽屋呼び出しの操作部
● その他の舞台設備の使い勝手はいかがですか。
見城氏:
個人的にとても気に入っているのがHYFAXの電動吊マイク装置「MHN1」です。吊りマイクは、ミリ単位のズレが録音に影響するほどシビアですが、この装置は本当にミリ単位で動かすことができ、狙った位置でピタッと止まってくれます。微調整がしやすく、とても助かっています。
HYFAX 電動吊マイク装置「MHN1」マイク部
リモートコントローラー
映像の遅延対策から舞台上の響きやピアノの残響支援まで
現場の最適解を導き出すヤマハサウンドシステム
● ここからはヤマハサウンドシステムの担当者にも話を聞きます。シアターAoiのシステム構築で、特にチャレンジした点を教えてください。まずは設計の髙橋さん、お願いします。
髙橋:
「シアターAoi」のシステム設計で最も注意を払ったのは、舞台の様子を映すITV設備(カメラシステム)における映像遅延への対応でした。舞台照明のきっかけなどにおいて映像が遅れることは大きな問題になります。そこで、デジタルのカメラを採用しながらも、遅延をどのように抑えるかについて、さまざまな検討を重ねました。
ヤマハサウンドシステム株式会社 設計部 システム設計2課 髙橋 杏奈
客席内を映すITV設備(カメラシステム)のモニター画面
● 映像の遅延を防ぐために、どのような対策を行ったのですか。
髙橋:
通常のLAN接続では、どうしても映像に遅延が生じてしまうため、特にシビアなタイミングが求められる個所には「HD-SDI」という規格を採用しました。今回はITVカメラの数が多く、当時は弊社としてもこれほどの規模を導入した事例がなかったため、社内の会議室に納入予定のカメラとデコーダーをすべて並べて接続し、画質と遅延のバランスをひとつひとつ検証しました。
● 徹底した検証を行ったのですね。その結果はいかがでしたか。
髙橋:
詳細な事前検証を徹底したことで、当初想定していたデコーダーでは帯域が不足することが判明し、設計の初期段階で機材の変更を行うことができました。また、遅延が気になる個所ではスピードを優先して画質を調整するなど、用途に応じた最良のバランスを見極めることができたと思います。
● 兼子さんはどんな点に注力したのですか。
兼子:
私は「AFC Enhance」の調整を担当しました。このホールは、袖幕を吊った状態では舞台上の響きがとても少なく、ある程度響きのある客席側との聴こえ方に差が生じていました。そこで、「AFC Enhance」用のスピーカー設置やパラメーターを徹底的に追い込み、舞台上で感じる響きと客席の響き方をできるだけ近づけました。
ヤマハサウンドシステム株式会社 事業企画部 マーケティング課 兼子 紳一郎
また、このホールにはヤマハのコンサートグランドピアノのフラッグシップモデル「CFX」が導入されています。このピアノの響きを「AFC Enhance」でできるだけ美しく響かせることにも注力しました。ピアノは実は打楽器のようなアタックを持つ楽器でもあり、「AFC Enhance」の調整が難しい側面があります。そのため、できるだけ自然で美しい響きになるよう、現場での演奏時に立ち会うなどして調整を行いました。
グランドピアノ「CFX」
● 木村さんはいかがですか。
木村:
私も兼子とともに「AFC Enhance」の調整を担当しました。開館当初は演劇主体の劇場ということもあり、声が通りやすいよう短めの響きを重点的に調整していました。しかし、実際に運用が始まると音楽での利用も多くなり、「舞台への返しやコンサートホールのような長い響きもほしい」といった意見をいただくようになり、設定を後から追加しました。それに伴って操作画面のインターフェースについても、当初はシンプルに操作できるようフェーダー1本にしていましたが、現場の使い勝手に合わせ、細かな調整ができるデザインに変更しました。ハードウェアの制約をソフトウェアの柔軟性でカバーし、後からでも見直しや発展ができる点は、「AFC Enhance」の大きな利点だと感じています。私自身も「ホールは大きな一つの空間ではなく、舞台と客席それぞれの空間に合わせた調整が必要だ」ということを、この劇場を通して学びました。
ヤマハサウンドシステム株式会社 事業企画部 マーケティング課 木村 優佳
オープン当初の「AFC Enhance」コントローラー
現在の「AFC Enhance」コントローラー
● 営業の青井さんはいかがですか。
青井:
「シアターAoi」は、コンパクトながら充実した機能が詰まったホールです。ハードウェアはどうしても経年で古くなっていきますが、そうした部分をソフトウェアのバージョンアップでカバーできる点は大きな強みだと考えています。今後も、現場の運用形態の変化をヒアリングしながら、常に最適な提案を行い、万全のサポートを続けていきたいと思います。
ヤマハサウンドシステム株式会社 営業部 名古屋営業所 所長 青井 隆昌
現場の要望に応えるヤマハサウンドシステムのプロフェッショナルなサポート体制
● 「シアターAoi」の方々から見たヤマハサウンドシステムの仕事ぶりはいかがでしょうか。
寺部氏:
ここができた当初から、Danteネットワークのことをはじめ、さまざまな相談にのっていただいており、対応も非常に迅速なので、とても助かっています。「AFC Enhance」の設定についても、演目や楽器に合わせて微調整できるプログラムを17パターンも作成していただきました。そうしたきめ細やかなフォローに大変感謝しています。
見城氏:
困ったときは、リモートで操作を教えてくいただくこともあり、大変助かっています。現場に寄り添った対応をしていただき、深く感謝しています。
杉山氏:
私は現場の人間ではないので、正直なところ、いろいろと心配していた部分がありました。しかし、今日のお話を聞いて、「AFC Enhance」が現場でしっかりと活用されていることが分かり、安心しました(笑)。
● 最後に「メニコンシアターAoi」の今後の展望についてお聞かせください。
杉山氏:
来年(2027年)に「シアターAoi」は開館5周年を迎えますので、音と明かりをふんだんに使った、華やかで楽しい舞台を上演できたらと思っています。
● 本日はご多忙中ありがとうございました。
特別インタビュー
「五感で感じる」本物の劇場づくり
公益財団法人 メニコン芸術文化記念財団 代表理事
田中 英成 氏
1990年代に「メニコンスーパーコンサート」と称して、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとする海外の著名アーティストの公演に特別協賛し、若い人たちに安価で本物の芸術を提供する活動を始めました。社会的な経済環境が変化する中でも「持続可能な形でなくてはいけない」と考え、文化支援を継続する決断をしました。その後は、地元・愛知で活躍する若手アーティストに演奏の場を提供する「プリズムステージ」へと軸足を移していきました。さらに、彼らのセルフプロデュース力を支援するため、「スター・クラシックス協会」を立ち上げるなど、時代に合わせて活動を深化させてきました。
2012年に開館した「HITOMIホール」は、社員食堂を改装して作った音楽ホールです。ラジオ番組制作のための本格的な防音スタジオも併設しております。今回取り上げていただいた「シアターAoi」は、社屋建て替えの議論の中で誕生しました。隣接する地元「車道商店街」のさらなる発展と活性化を願い、地域貢献の象徴となる新たなランドマークを設け、街を盛り上げる起爆剤にしたいという強い思いが込められています。
「妥協せず、本物を作りたい」という思いから、当初は音響面でも物理的な反響板に強いこだわりを持っていました。設計や安全面の観点から見送ることにはなりましたが、以前、野外テントで歌った際に「反響板がなくても、空間と素材次第で音は豊かに響く」という原体験がありました。そうした素地があったうえで、ヤマハの音場支援システム「AFC Enhance」のデモを実際に聴き、電気音響とは思えない自然な響きに大きな衝撃を受け、導入を決定しました。また、ジャズピアニストの小曽根真さんにお願いして選定いただいた、ヤマハのコンサートグランドピアノ「CFX」にも強い思い入れがあります。宮大工の仕事を思わせるような、緻密で妥協のない職人技に、ものづくり企業として深く共鳴しています。
私たちが舞台芸術を支援する理由は、人間は情報収集の多くを視覚に頼っている一方で、決して目だけでものを感じているわけではない、という考えにあります。人は「五感」すべてを使って世界を感じ、音楽や舞台の波動を体感することで、心を豊かにすることができる。私はそう信じています。将来的には、振動デバイスなどの技術も活用しながら、誰もが「五感」で楽しめる、ユニバーサルな劇場を目指していきたいと考えています。
● 本日は貴重なお話をありがとうございました。
ダウンロード「納入事例リーフレット」
外部リンク