ヤマハサウンドシステム株式会社

トップ対談 #07
株式会社 M&Hラボラトリー代表取締役 三村 美照 様

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株式会社 M&Hラボラトリー代表取締役 三村 美照 様

ト株式会社 M&Hラボラトリー代表取締役 三村 美照 様

株式会社 M&Hラボラトリー代表取締役 三村 美照 氏(写真 左) Talks with
ヤマハサウンドシステム株式会社 代表取締役 武田 信次郎(写真 右)

株式会社 M&Hラボラトリー代表取締役 三村 美照 氏(写真 左)Talks with
ヤマハサウンドシステム株式会社 代表取締役 武田 信次郎(写真 右)


「幕あい」とは、一幕が終わって、次の一幕が始まるまでの間。舞台に幕が下りている間のこと。このシリーズでは、ヤマハサウンドシステムが日頃お世話になっているホール・劇場の世界を牽引するキーマンの方々に、市場のトレンドやヤマハサウンドシステムへの期待などを、その仕事の「幕あい」に語っていただきます。
第7回は、長居陸上競技場、広島市民球場、豊田スタジアムなどの大規模施設においてデジタルオーディオネットワークによる音響システムの基本設計や音響コンサルタントを担当した三村美照氏にご登場いただき、ご自身について、設備音響におけるデジタルオーディオネットワークについて、そしてヤマハサウンドシステムへのメッセージなどをうかがいました。

プロフィール 三村 美照(みむら よしてる)

プロフィール 三村 美照(みむら よしてる)
音響システム設計コンサルタント。1978年「スタジオサウンドクリエーション」に入社、レコーディングエンジニアとして経験を積む。その後、業務用音響機器の設計業務を経て、1989年から「株式会社アキト」において本格的に音響システム設計に従事、現在「株式会社M&Hラボラトリー」代表取締役を務める。仕事においては「ベストを考えない、ベストとは逆に「終わり」を意味する。私たちの仕事に終わりはない」、「常により良いものを、よりシンプルに」をポリシーに「設備の音」 を築き続けている。長居陸上競技場、東京ドーム、広島市民球場、サンケイホールブリーゼ、フェスティバルホール、国立京都国際会議場、神戸国際会館等をはじめ実績例は100件以上と多岐多数。

西宮市民会館でのアルバイトからレコーディングエンジニア、
機材製作会社の立ち上げ、そして設備音響へ

武田:最初に三村さんが音響の世界に入られたきっかけを教えてください。

三村氏:最初はアルバイトです。浪人時代に西宮市民会館で舞台のアルバイトをしました。舞台、照明、音響など全部やりましたが、もともとオーディオ好きだったので、音響の方と特に仲良くなり、音響について教えてもらったり、音響関係の方をご紹介いただきました。そのうちの一人が現在の「ウッディランド」の社長である加門さんでした。そしてレコーディングスタジオに遊びに行って初めてマルチトラックレコーダーを見て、テープの幅が5cmほどあって、16チャンネルもあって、楽器ごとに1トラックあって、それを後で自由にミックスできるのを目の当たりにして、こんなことができるのかと驚きました。そこからレコーディングに興味を持ち、大学を卒業してそのスタジオに就職しました。

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武田:レコーディングのエンジニアは何年されたのですか。

三村氏:10年です。当時は関西フォークが全盛の時代で、関西で制作するレコードもたくさんありました。LPも30枚近く作りました。その後関西フォークが衰退し、その代わりにカラオケのレコーディングが増えました。それでだんだんレコーディングの仕事が面白くなくなってきて、その頃エフェクターや音響機器を作る会社を作らないかと誘われたので「インタラプト」という会社を作りました。その誘った方が現在 MSI JAPANホールディングス会長の藤井修三さんでした。

武田:三村さんはその前から機材製作をされていたんですよね。

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三村氏:大学で電気の勉強をしていたので学生時代から手作りでエフェクター等を作っていました。エンジニア時代も作ってましたね。インタラプトではVCAが搭載された調整卓などを作りました。おそらく日本で最初の商品化されたVCA卓だと思います。そしてライブハウスなどにその機材を納入するようになると設備工事も依頼されるようになり、やがて官公庁の公共施設にも手伝ってくれといわれるようになって、設備の仕事が増えていきました。

武田:ものづくりから設備へとつながっていくわけですね。

三村氏:はい。1989年から「株式会社アキト」で本格的に音響システム設計をはじめました。そして現在の「M&Hラボラトリー」に至ります。「株式会社M&Hラボラトリー」は大阪の長居陸上競技場の音響施設の依頼を受けたタイミングで興しました。

日本で初めて大型施設でデジタルオーディオネットワークを使った音響設備を構築

武田:長居陸上競技場は大規模施設の音響設備としてデジタルオーディオネットワークを使った点が先進的でした。日本初ですよね。

三村氏:日本では初です。世界的には2000年のシドニーオリンピックでCobraNetが使われています。長居陸上競技場は2005年ごろから基本設計が始まって2007年に完成しましたが、日本で初めてデジタルオーディオネットワークを採用した設備音響システムでした。このときはEtherSoundで、ES100という規格を使ったリングトポロジーでした。

武田:前例がないことを公共施設でやるのは大変ですよね。

三村氏:大変でした。「これからはデジタルオーディオネットワークの時代になる」「デジタルオーディオネットワークにはこんなメリットがある」と数ヶ月かけて担当者を説得しました。 最初は「コンサルタント契約をしたのはよいが、わけのわからないシステムを提案してきた。こいつ大丈夫か?」という感じでしたが、ていねいに説得を続けたところ最後に「わかった。今回は三村さんと心中するわ!」と言ってくださいました。

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武田:そこまでの熱意で大規模施設にデジタルオーディオネットワークを入れようと思ったのはなぜですか。

三村氏:当時は音源がレコードからCDに移り変わる時代だったので、まず先にレコーディングスタジオがデジタル化しました。当然ですよね。それを見ていて、デジタルを設備音響に応用した場合のメリット、デメリットを考えた時に、メリットの方が圧倒的に多かった。例えば100メートルという距離を伝送するとき、アナログ伝送とデジタル伝送では当時からEtherSoundはかなり音が良かったです。またバックアップに関してもアナログだったら実際にケーブルを2本引いて、何かあったらマニュアルで人間が切り換える必要がありますが、デジタル伝送、たとえばEtherSoundであればリングトポロジーなので、ネットワークのどこかが切断されても信号が途切れることがありません。設備音響のような巨大システムではさらにメリットがあって、コントロールや監視用の信号もデジタルオーディオで使用しているネットワークに入れ込むことができます。たとえばアンプ室に設置したアンプのレベル、温度、アンプを冷やすためのエアコンの稼働状況や設定温度などの監視を行っていますが、それらを監視するための専用の信号のケーブルも不要になります。その結果、メンテナンスのコストも下げられますし、何よりも伝送ラインだけでも冗長化できます。

リスクを回避しつつも、常に新しいことに挑戦していきたい

武田:10年前ぐらいでしょうか。ヤマハがDanteカードを扱うようになったとき、三村さんにお願いしてチェックシートを作ってもらい、ヤマハ本社でCobraNet、EtherSound、Danteで冗長性、ジッター、音質などの実験をしましたね。

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三村氏:ヤマハさんはEtherSoundもDanteもCobraNetも全部I/Oカードがありましたから、同じハードウェアで違う伝送方式の比較ができるということで、これはいいチャンスだと思ってチェック用のレシピを作り、実験させてもらいました。

武田:あれは面白かったですね。フォーマットで音がかなり違いました。

三村氏:違いましたね。デジタルオーディオネットワークって、もともと全帯域で見るとジッターがものすごく多いんですよ。でもそのジッターの主成分は音に影響がないといわれる100Hz以下の低い帯域で、HPFを入れて測ると、実はネットワークオーディオのジッターは意外と低い。中でもDanteはかなり低いです。CobraNetは比較的多い。EtherSoundはネットワーク自体のジッターがそのまま出てくる感じでした。

武田:日本武道館の音響もデジタルオーディオネットワークで手掛けられましたね。それはあの実験の後ですか。

三村氏:後です。武道館ではDanteを使いました。伝送は2か所のP to Pなのですが、Primary(1)→Primary(2)→Secondary(2)→Secondary(1)というリングトポロジーを組みましたし、クロックの送り方も変えました。Danteではクロックマスターを作ってそれぞれに送るんですが、クロックを別送りにした方が音が良かったので、そうしました。

武田:普通はそこまでやらないですよ(笑)。その熱意はどこからくるのですか。

三村氏:やはりいい音にしたいからです。大阪弁で「スケベ根性」って言うんですけど、もうちょっとこうしたらどうなるの? ああしたらどうなるの? ってやってみたいんです。もちろん誰もやったことないわけですからリスクを伴いますが、それがうまくいった時は、非常に嬉しいです。ですからリスクは回避しつつも、常に新しいことに挑戦したいと思っています。

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武田:その後も広島市民球場も手掛けられましたが、そこでは本来スタートポロジーのCobraNetをリングで使われています。

三村氏:メーカーは推奨しない使い方ですが、冗長性を考えるとネットワーク自体をリングで組んだ方が圧倒的にメリットがあります。それで、まず実験してみました。これは簡単な実験ではだめなので、長居陸上競技場の時もそうでしたが、大きな倉庫を借りてアンプも実際に使う台数を用意して、実際の規模でセットし、システムアドミニストレーターの人間や測定器を集めて、実際にどれぐらいのジッターが発生するのか、リダンダント能力はどうかということを調査し、こうすれば大丈夫だということを確認してから導入しました。

武田:ほんと、すごいことされますよね(笑)。

プロサウンド誌で「プロサウンド的“設備”検分録」を連載中

武田:三村さんは現在設備音響のライターとしてもプロサウンド誌の連載などをされていますが、それは実は私の方からご紹介したことなんですよね。

三村氏:「プロサウンド的“設備”検分録」というタイトルでコーナーを持っていて、もう6、7年にはなると思います。かなり濃い内容で書いてます(笑)。

武田:もともとは海外の展示会に行くと設備音響の雑誌を目にすることが多くて、日本にもこういう本がほしいと思ってプロサウンドの編集長に話を持って行ったんです。それから少し経って、設備音響について書けるライターを紹介してほしいと連絡をいただきました。設備音響について書くなら三村さんしかない、と思ってご紹介しました。

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三村氏:その節は本当にありがとうございました。最初の頃は自分が音響設備を手掛けた物件を書いていました。たとえば長居陸上競技場の音響設備については学会向けの論文では発表しましたが枚数制限があったので、なかなか言いたいことが書き切れませんでした。その点、ブロサウンドの私のコーナーには枚数制限がないので、学会に載せられなかったデータも入れて思いきり書きました!

武田:その熱量がすごいんです。なぜそのスピーカーをそこに付けたのか。設備音響への興味を喚起しますよね。

三村氏:どのスピーカーにも意図があってそこに取り付けられているわけですから「このスピーカーがここにあるのには、きっと理由があるんだな」などと思ってもらえれば嬉しいです。最近は自分のコーナー以外の特集記事も書かせていただいていて、イマーシブサウンドについても記事を書いたりもしています。

アートの最高到達点をどこまで持って行けるかは
音響設備にかかっている

武田:お話をうかがっていると、三村さんは、常に新しい試みをされていますが、なにかポリシーがあるのでしょうか。

三村氏:私の座右の銘は「人と同じ事をしていては人と同じにしかなれない」ですね。

武田:しかも、三村さんの場合は自分が前にしたこともしないのがすごいです。

三村氏:そうですね。過去の自分も含めて、同じことをしない(笑)。人と同じことをしていると、その人と同じレベルにしかいけません。それ以上にはなれないですよね。一方、人と違うことをしても必ず上に行けるとは限らなくて、とんでもないところに行ってしまうこともあるでしょう。それでも「人と違うことをやった」ということはそれなりの経験になります。仮に結果が出なくても過程が必ず蓄積されます。だからどんな小さなことであっても、人とちょっと違うことをやっていくというのが僕のポリシーです。

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武田:ちょっと大きな話になりますが、設備音響とはどうあるべきか、お考えをお聞かせください。

三村氏:PAも設備音響も同じだと思うんですけど、パフォーマンスを支える音響機材として、どのレベルに仕上げておくかということですが、そこに関しては「サイエンスとアート」という言い方があります。これは増旭さんが昔からおっしゃっていた言葉です。パフォーマンスってアートでしょう? 僕たちがコンサートで見るのはアートの部分です。ホール音響でもPAでもハードウェアがありますが、そのハードウェアの部分がサイエンスです。サイエンスの上に、アートが乗っている。アーティストはサイエンスのレベルにアートによってプラスアルファするわけです。ですからサイエンス部分の高さによって、アートの上限が変わってしまいます。
たとえば、ある会場に行って、アーティストがとりあえず出音を聴いた時に「あ、結構いいじゃん」って思って始めるのか「うーん、これは大変そうだなあ」と思って始めるのでは、スタート地点が違います。アーティストは常に上を目指しますが、スタート地点が低いとそれだけ自分の高さまで上げる努力が必要で、そのスタート地点の差は結構大きいと思います。だから設備というのは、アートの最高到達点をできる限り上げるためにサイエンスでどこまで持っていけるかということに尽きると思います。

武田:そのパートナーとしてヤマハサウンドシステムの存在もあるということですか。

三村氏:ヤマハサウンドシステムは私にとってとても頼もしいパートナーです。音響設備には必ず工事会社が関わります。僕はいろいろな設備会社さんとお仕事をさせていただいていますが、各社それぞれ得手不得手があって、正直言ってこの部分は合格点だけど、ここはちょっと残念ということが多いです。でもヤマハサウンドシステムさんはほとんどが合格点なんですよ。ですからコンサルとしても楽なんですね。たとえば、設備会社さんに「ここは注意してくださいね」と言うのもコンサルの大切な仕事ですが、ヤマハサウンドシステムさんなら、それがほとんど必要ないです。これをさっきの「サイエンスとアート」に例えると、施工がサイエンスだとするとそのレベルが最初からグンと高いので、アートにあたる設計やコンサルはより高い到達点を目指せるわけです。

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武田:お褒めいただきありがとうございます。最後に今後ヤマハサウンドシステムに期待することをお願いします。

三村氏:ヤマハサウンドシステムさんは、今申し上げたとおり、不得手な面がほとんどありませんので、常に安心感を持ってお仕事できるんですけど、傍から見ていると「もうちょっと冒険をしてもいいかな」とは思います。石橋は叩いて渡るんですけど、吊り橋を走っては渡らない(笑)。もうすこし挑戦や冒険をしてもいいかもしれませんね。

武田:おっしゃるとおりのことを私も感じています。それで新しい部署を作り、ビジネスモデルや新商品開発にも取り組んで「不易流行」の不易、つまり守るべきところは守る、流行、時代に合わせて変えるところは変えていこうとやっています。これは三村さんなど設備音響の先人の方々が、守りながらも新しいことをやって、その組み合わせで今来られている。守ってばかりでは衰退というか、進化しないのだから遅れていきますよね。だから新しいことを積極的にやっていかなくてはいけない。そこが大切だと言うことを今日三村さんのお話をうかがってあらためて認識しました。
本日はご多忙中お時間をいただき、ありがとうございました。

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