日生劇場 様 / 東京都
Japan / Tokyo Mar. 2024
「日生劇場」は1963年開場、2023年に60周年を迎えた日本を代表する劇場の1つです。劇場は著名な建築家 村野藤吾氏の設計による重厚な日本生命日比谷ビルの中にあり、竣工当初の贅を凝らした美しい意匠を維持しながら舞台芸術を制作、上演しています。2016年の改修では、ヤマハサウンドシステムが音響システムの設計・施工を担当しました。「日生劇場」ならではの音響面の改修コンセプトや保守などについて、日生劇場技術部 課長 木村 博行 氏、同 技術部 徳永 千穂 氏にお話をうかがいました。
「子どもたちのための劇場」という思いで作られた劇場
● 「日生劇場」は、どのような施設なのでしょうか。
木村氏:
「日生劇場」は日本生命日比谷ビル内にあり、建築家の村野藤吾氏が、当時、隣にあったフランク・ロイド・ライト氏設計の旧帝国ホテルを意識してデザインしたとも言われています。そして「日生劇場」もまた、それ自体が芸術作品と言われるほど贅が凝らされた劇場です。
● 「日生劇場」で行われる公演は、どのようなものが多いでしょうか。
木村氏:
貸し公演では、近年はミュージカル公演が多いですが、主催公演では、開場以来子ども向け公演とオペラ公演に注力してきました。今年は開場60周年を迎えることから、全ての主催公演を60周年記念公演として上演しています。先ず児童向け公演ですが、日生劇場では子どもたちの「豊かな情操」と「多様な価値観」を育むため、1964年から小学生を無料で招待する「ニッセイ名作シリーズ」(当時は「ニッセイ名作劇場」)を展開しています。今年度は10年ぶりに劇団四季の制作・出演で『ジャック・オー・ランド』を上演しました。
また、夏休みには「日生劇場ファミリーフェスティヴァル」として、音楽劇『精霊の守り人』、舞台版『せかいいちのねこ』、バレエ『くるみ割り人形』の3作品を上演しました。一方、オペラ公演では、5月にケルビーニの『メデア』、11月にヴェルディの『マクベス』を主催公演として上演したほか、東京二期会との共催公演としてヘンツェの『午後の曳航』を上演しました。
● 「日生劇場」は音響的にはどのような特長があるのでしょうか。
木村氏:
天井、壁などに硬質素材を使っていることもあり、豊かな響きをもった劇場と思います。残響時間は、1.2秒です。建築当時は劇場の10分の1の縮小模型を作って高周波を流して測定し、どのような反射波になれば美しい残響になるか、などを試行錯誤したと聞いています。たとえば劇場の後方の壁面は石の反射材を互い違いに置いて音を拡散させたり、天井照明の筒の中にウレタンを入れて吸音したりしています。
● 天井もまるで海の底にいるように波打って、壁や天井にほとんど平行面がない曲面構成ですね。
木村氏:
はい。天井にはあこや貝を2万枚貼っているそうです。竣工当時はキラキラと螺鈿のように光っていたので、いつのまにか海のイメージになってしまったようですね。壁面の湾曲については、模型の舞台上の音の発生源から壁に向かって懐中電灯を照らし、反射光が集まったところが音の濁る場所として、その壁の形状を変えていったという記録も残っています。今はパソコンのシミュレーションソフトで反響の分布がわかりますが、60年前はそれがありませんから、本当にとてつもない労力をかけて作り上げられています。
外観・内観ともに竣工当時の意匠を維持することを最優先
● それにしても60年経っているとは思えない、とてもきれいな内観ですね。
木村氏:
「日生劇場」は外観、内観とも竣工当時の意匠をそのまま維持するという考え方が強く、先輩方からも「見えているところは全部意匠だから、絶対に意匠に手を付けるな」と言われてきました。そういった劇場への思いが受け継がれ、これだけきれいな状態が保てているのだと自負しています。ただし改修などでは「意匠の維持」がハードルになる面もありますので、その点ではヤマハサウンドシステムさんにご苦労をかけたと思います。
● 2016年の音響機器の改修の概要、経緯を教えてください。
木村氏:
この劇場は日本生命の方針により、定期的な改修を行っています。改修にあたっては、時代の変化に対応出来るように機器やシステムを更新してきました。2016年の改修も時代に合わせたアップデートが主な趣旨でした。
● 2016年の改修では、音響面でどんな改修がなされたのでしょうか。
徳永氏:
私は改修後に入社しましたので改修前のことは知らないのですが、1階の客席後方にある乗り込み用の回線や電源は改修で新設されたものだそうです。もしそれがなければ舞台から全ての線を引き回さないといけないので、かなり便利になったと思います。
木村氏:
2016年まではPA席のちょうど真後ろのグランドサークル階にある音響室からケーブルを窓から垂らしたり、ケーブルを壁に這わせる状態で運営していました。それが2016年の改修で解消しました。
● ヤマハのデジタルミキシングコンソール「CL5」「QL5」「QL1」を導入していただきました。その選定理由を教えてください。
木村氏:
「日生劇場」は乗り込みの音響の方が入ることも多いですから、ヤマハのミキサーであれば音響に携わる人間なら誰でも使える、という点が大きいと思います。
● 使い勝手として、ここが便利、というところがあったら教えてください。
徳永氏:
私がオペレートする場合は、基本的に1人で行うことが多いんです。そんな時iPadのアプリ「QL StageMix」を使ってステージからWi-Fiで回線チェックができるのがとても便利です。
竣工当時の意匠を受け継ぎつつ最先端のニーズに応える
● ここからは、「日生劇場」の改修工事に関わったヤマハサウンドシステムのメンバーも加わります。提案設計の小林さんは、この「日生劇場」にどのように関わったのでしょうか。
小林:
私は、改修前の提案に携わりました。通常の改修では音響担当の方々と打ち合わせを重ねて設計します。しかし「日生劇場」では、音響担当の方だけでなく、機構・照明の舞台スタッフやフロアの案内係の方からも運用面や使い勝手についてのご要望をたくさんいただきました。そこで、それらを踏まえ、音響システムはもちろん、連絡システムを設計しました。
● 案内係の方からは、どのような要望があったのですか。
小林:
本番が始まってから体調の悪い方やお子さまを連れた方が客席からロビーに出てくることがあるそうです。その場合、状況に応じてロビーのスピーカーの音量を案内係の方が調整できるようにしたいというご要望がありました。案内係の方がロビーの音量を調整できる設備は、他ではあまりないと思います。
それから連絡設備の一部として、幕あいの休憩時間をカウントダウン表示する時計を提案しました。それによってお客様も運営スタッフ様も、そして楽屋の出演者の皆さまも、次の幕が開くまでの時間を確認できます。通常、この時計設備を舞台音響設備で工事することは少ないですが、舞台進行を行ううえで重要な連絡設備として、私たちで計画をしました。
● システム設計の今野さんは、「日生劇場」の改修で特に工夫したことはありますか。
今野:
乗り込みのオペレーターの方が多い劇場であることを踏まえ、分かりやすく汎用性の高いシステム構築を意識しました。乗り込みの場合でも、劇場のアンプ以降のシステムだけを使いたい、あるいはこの系統だけを使いたい、ここの電源だけ立ち上げたい、といった個別の要望があるとのことでしたので、システムをできる限り細分化して切り分けられるように工夫しました。通常であれば音響システムの電源も入力系と出力系の2系統ということが多いのですが、「日生劇場」では電源システムを細かく切り分け、個別に制御できるように設計しています。
木村氏:
劇団四季さん、東宝さん、松竹さんなどがそれぞれ独自のやり方を持っていて、劇場への要望も多岐にわたるので、それらに柔軟に対応できる環境を整えておかなくてはなりません。持ち運びできるキューランプを導入したのも、その1つです。
今野:
キューランプは劇中の演技や効果のきっかけをランプで知らせる装置です。たとえば照明さんにきっかけを送る時にインカムだと音が客席に漏れてしまう可能性がある場合、キューランプを使います。照明や機構などでそれぞれきっかけの使い方が違うため、今回は「日生劇場」に合わせて特別に作りました。
● 施工管理の長田さんは、主にどんなことを担当したのでしょうか。
長田:
私は現場の施工管理全般を担当しました。「日生劇場」は建物自体の意匠をいじらないことが大前提ですが、竣工当時の図面や記録がほとんど残っていなかったのと、もともと違う事業者が工事を行ってきたこともあり、資料がほとんどありませんでした。ですから改修にあたって、既設設備の回線などを調べるところから始まりました。そしてスペースが限られている中で、最新機材をどうやったら取り付けられるのか、調査に調査を重ねました。
● 例えばこんな要望に対してこんな工夫をした、というエピソードはありますか。
長田:
PAブースを作りたいとのご要望でしたが、その回線ルートの確保が難しかったです。意匠はいじれないので床下を考えたのですが、床のコンクリートの強度の問題があったので通常なら1つにまとめるコネクター盤を5つに分けて取り付けました。設置場所にも苦慮しましたが、昔何かが取り付けられていて今は空いている凹みなどを活用してなんとか乗り切りました。
客席の下に分割して設置されたコネクター盤
● 保守の飯田さんは現在進行形で「日生劇場」に関わる立場ですが、どんなことを大切にしていますか。
飯田:
劇場の方や乗り込みの方がいつでも気持ちよく音響設備を使えるように、きれいに保っておくことが肝だと思っています。もし何かトラブルやご要望があれば、なるべく早く対応することを心がけています。「日生劇場」は多くの方にとって思い入れが深い劇場ですから、劇場を見守り続ける立場としては、竣工当時の意匠とそこに込められた思いを受け継ぎながら、今やりたいこととの橋渡しができれば嬉しいです。
● 営業担当の梅田さんは、コミュニケーションで大切にされていることはありますか。
梅田:
営業として「日生劇場」を担当してからはまだ日が浅いのですが、「誰が何を必要としているか」に重きを置いてお話をうかがうことを心がけています。例えばワイヤレスインカムの更新に関しても、通常であれば音響の方を窓口にお話を進めることが多いのですが、「日生劇場」の場合は照明や機構など実際にワイヤレスインカムを使われる方々とお話をさせていただき、場合によってはデモンストレーションにも参加いただきました。そうしたほうが、実際に使う方の要望を汲み取りやすいと考えています。
● 劇場の方々から見てヤマハサウンドシステムの仕事ぶりはいかがですか。
木村氏:
「日生劇場」は歴史が古いがゆえに、音響を含め各部門とも自分たちの仕事に対して独特の考え方や流儀を持っています。いわゆる職人気質なんです。たとえばワイヤレスインカムについても「うちはこうだから、こうじゃなくては」とそれぞれの意見があり、各部門の要望をヤマハサウンドシステムさんには、うまくシステムに落とし込んでいただいているので、とてもありがたいです。
徳永氏:
「日生劇場」は基本的に1年中ずっと公演をやっていて、1カ月ごとの貸館の公演が半年以上続きます。そんな状況でなかなか長期の休館日が取れない中でも、年に2回ほどは保守点検をやりたい。そこで飯田さんはじめ、保守の方々にはご無理を言って本当に数少ない休館日の中でスケジュール調整をしていただいています。感謝しています。これからもよろしくお願いします。
● 本日はご多忙中ありがとうございました。
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