ミューザ川崎シンフォニーホール 様 / 神奈川県 /
Japan / Kanagawa June. 2020
「音楽のまち・かわさき」のシンボルとして2004年にオープンした「ミューザ川崎シンフォニーホール」。川崎市が推進する「音楽によるまちづくり」の中核を担う施設として開館15周年を迎えています。ヤマハサウンドシステムは「ミューザ川崎シンフォニーホール」の音響保守に携わっており、2016年と2019年の音響設備改修を担当。今回は「ミューザ川崎シンフォニーホール」事業部長 竹内 淳氏、広報営業課 前田明子氏、貸館担当 堤 由行氏に音響設備改修の内容や改修後のお客さまの声などをうかがいました。
「音楽のまち・かわさき」の中核を担う、卓越した音質のホール
● まず「ミューザ川崎シンフォニーホール」についてご紹介をお願いします。
竹内氏:
「ミューザ川崎シンフォニーホール(以下、ミューザ川崎)」は、川崎駅前の再開発事業の一環として建設されたクラシックに特化したホールです。オープンは2004年ですが、ちょうど同じ頃、川崎市が「音楽のまち・かわさき」という取り組みを始め、東京交響楽団とフランチャイズ契約を結びました。そして開館以来、「ミューザ川崎」が東京交響楽団の本拠地となり、今も日常的にリハーサルが行われています。
● どういったいきさつで川崎市は「音楽のまち」を目指すことになったのでしょうか。
前田氏:
川崎市はご存じの通り工業都市ですが、市内には音楽大学が2つ、市民オーケストラが4つ、市民合唱団は100を超えるほど活動しており、音楽が盛んな町です。そんな背景から15年ほど前に川崎市が「音楽のまち」への取り組みを開始しました。とはいえ、当初はなかなか「川崎=音楽のまち」というイメージが定着しませんでした。しかし、市が熱意を持って継続的に取り組み、「ミューザ川崎」を中心に音楽祭の開催やさまざまな演奏会を重ねることで、今では「音楽のまち・かわさき」はずいぶん定着してきたと感じています。
● 音響的に言うと、「ミューザ川崎」はどんなホールなのでしょうか。
竹内氏:
ホールの響きは残響時間だけで判断されることがあるのですが、ここの残響時間はクラシック専用のホールとしては特別長いわけでもなく短いわけでもない、ちょうどいい長さだと思います。ただ、私は「ミューザ川崎」の音色は他のホールにはないものだと思っています。響きの質がいいんです。たとえば、あるクラリネット奏者がオーケストラのリハーサルをご覧になった時「セカンドクラリネットの音まできちんと聴こえるね」とおっしゃいました。またあるオーケストラの方からは「オーケストラの音が全部聴こえてしまう、演奏者にとってはある意味怖いホールですね(笑)」と言われたこともあります。それくらいステージで演奏された全ての音が豊かな残響とともにお客さまに明瞭に聴こえる、解像度の高い音色を持っているホールです。
出演者が語る場面が増え、トークの明瞭度が求められるようになった
● 「ミューザ川崎」の音響システムについてご紹介ください。
堤氏:
まずホールの天井に埋め込みのスピーカーがあります。通常は、この埋め込みスピーカーを使用してアナウンスなどを拡声します。またステージの上手と下手の真上あたりの天井に昇降式のスピーカーがありまして、これらは主に拡声が必要なイベントの際に使用します。
● 今回の改修によりどんなことを期待されていましたか。
竹内氏:
開館当初は演奏者が拍手に迎えられて登場し、演奏を終えたら帰っていく、というスタイルがほとんどでマイクを使用することはまれでした。しかし、近年は出演者がステージからお客さまに話しかける機会が増えてきました。その際、マイクを使うのですが、改修前はマイクでの拡声音が聴き取りにくい席がありました。演奏者や指揮者のトークが聴き取れないことはお客さまの満足度の低下につながりますから、これを何とか解消したいということが音響設備の改修で期待をしていたポイントでした。
前田氏:
たとえば、あるコンサートのアンケートで演奏自体は素晴らしいと高い評価をいただいたのに、コンサート自体の満足度が非常に低い、ということがありました。その理由は「MCの声が聴き取れなかった」というものだったのです。また終演後に、直接お客さまから「何をしゃべっているのかわかりにくかった」と言われることもありました。
音響調整卓にヤマハ「CL5」を、メインスピーカーにNEXO「GEO M10」「GEO M6」を導入
● 改修のポイントをお聞かせください。
堤氏:
音響の改修は2回に分けて行いました。2016年に音響調整卓を「CL5」に入れ替え、基幹となる音声伝送システムをオーディオネットワークDanteにしました。そして2019年にスピーカーの改修を行い、NEXO「GEO M10」および「GEO M6」を導入しました。
● ホール中央の昇降式スピーカーはポイントソースからラインアレイになりました。印象はいかがですか。
堤氏:
以前はポイントソーススピーカーでした。当時とすれば大型のスピーカーで画期的なシステムだったと思います。今回は、正面にラインアレイスピーカーNEXO「GEO M10」、後方と左右にNEXO「GEO M6」を設置し、ホールのどの席にいてもアナウンスをクリアに聴くことができます。ラインアレイというシステムを導入でき、スピーカーの数や方向など最適な設計ができていると思います。
アナウンス用途だけでなく、PAとしても積極的に使用する予定
● 改修後、お客様の反応はいかがでしょうか。
竹内氏:
明瞭性が向上しましたので、すぐにお客さまにもわかっていただけました。毎年恒例のコンサートに出演される方から「客席でしゃべりがよく聴こえるようになったけど、何か変えたんですか?」と言われました。
前田氏:
アンケートでも、音響へのご意見は減りました。「良くなった」とはなかなか書いてくださらないのですが(笑)。MCが聴こえない、というストレスがなくなったということだと思います。
● スピーカーが変わったことで、音響のオペレートに関しての変化はありますか。
堤氏:
昇降式スピーカーが後方と横方向にも音が出るようになったのが大きいですね。今まではMCやナレーションがある場合、後方にはスピーカーを仮設していました。でも今はクラスターが全方向に向いているので、その必要はなくなりました。
竹内氏:
ミュージカルやオペラなどで歌が入る場合、オーケストラの編成が大きいと声が埋もれてしまうので、マイクを使って拡声することがあります。以前はそうしたことに消極的でしたが、スピーカー更新後は「やってみてもいいんじゃない?」と言えるようになりました。クラシックでも状況に応じて音響システムを使う場面が今後増えてくると思いますし、積極的に活用する方向で考えています。
不具合があったとき、ヤマハサウンドシステムはすぐに駆けつけて対応してくれた
● ヤマハサウンドシステムの施工・保守などサービスについて、感想をお聞かせください。
竹内氏:
いまのところ、大きなトラブルは起きていません。よくやってくださっていると思います。
堤氏:
つい先日インターカム装置の調子が悪くなったのでヤマハサウンドシステムさんに連絡をしたら、すぐ駆けつけて対応してくださって、とても助かりました。当館の保守担当の方が川崎市出身で、川崎市のオーケストラにも参加されているそうで、地域に密着した方が担当してくださるのはとても安心感があります。
● 「ミューザ川崎」で今後こんなことをしてみたい、という抱負などがあればおきかせください。
堤氏:
私は貸館などの運営をメインで担当しており、市民の方、オーケストラやアマチュア団体のお客様の声を直接聞く立場にあります。改修後にご利用いただいているお客さまからはとても良い評価をいただていますので、「新しい音楽設備をどう運営に活かしていくか」が課題だと思っています。
前田氏:
今は音楽配信や動画サイトなどで音楽がすごく身近になっている反面、ライブ体験への渇望が増しているように思います。実際に足を運んでいただき、コンサートの面白さ、楽しさ、空気を体験できる魅力的な場所にしていきたいと思います。
竹内氏:
「ミューザ川崎」での公演はクラシックが中心となっていますが、実は音楽が好きな方や演奏をされている方って、音楽のジャンルをそれほど意識されていないと思うんです。ですからジャンルを超えてもっと気楽に音楽を聴きに来ることができる場所にしていきたいと願っています。
● 本日はありがとうございました。
ミニインタビュー
入江三宅設計事務所で行った「ミューザ川崎シンフォニーホール(以下、ミューザ川崎)」の設計・監理において、音響コンサルタントを担当した株式会社 永田音響設計の稲生眞氏にホールの音響コンセプトや設置したスピーカーについてお話をうかがいました。
● 「ミューザ川崎」の音響について教えていただけますか。
稲生氏:
「ミューザ川崎」には、日本最大級の素晴らしいパイプオルガンが設置されています。そのオルガンの響きを活かすため、「ミューザ川崎」は豊かで長い残響が必要でした。その響きを生み出すためホール形状は、ステージの周りを段々畑のようにブロックにわけられた客席が取り囲むヴィンヤード形式となっています。
また平面形状は非対称となっており、螺旋状に構成された壁、音響反射板、それに音響反射板を取り囲むように設けた天井反射板などにより、反響が時間的にバランスよく到達するようにその形状や角度が細かくコントロールされています。
● 電気的音響についてはいかがでしょうか。
稲生氏:
ステージの上部には天井内に格納可能な昇降式スピーカーを用意しています。新築当初はマイクを使用する催しものではステージ後方のポディウム席を使用しない予定でしたので、昇降式スピーカーのカバーエリアはステージより前方だけでした。
しかしステージ後方のポディウム席も使用することになったことや、近年通常のクラシックのコンサートも出演者がトークを行う機会が増えてきたことを受け、この改修を機に昇降式スピーカーの音が全部の客席で聴こえるようスピーカー配置を見直し、ラインアレイスピーカーに入れ替えました。
● ステージ上の昇降式スピーカーはどのような構成になっているのでしょうか。
稲生氏:
以前は3ウェイのポイントソーススピーカーを遠距離、中距離、近距離と横並びにし、前方に音を出していました。今回の改修では同じ位置に正面、側面に加え、後方もカバーする3基のラインアレイスピーカーを、下手側と上手側の2つのクラスターで構成しました。センター位置に360度スピーカーを配置できる大型センタークラスターを入れることも計画していましたが、いくつかの制約があってこの形となりました。
● ステージ上の昇降式スピーカー以外にもスピーカーが設置されているのでしょうか。
稲生氏:
天井に分散スピーカーが合計36ヶ所あります。天井分散スピーカーの下に吊り天井があり、吊り天井の隙間からスピーカーの音が出てくる形です。これらも改修で入れ替えを行い、より小型でパワーが出せるNEXOのラインアレイ「GEO M6」のモジュールを3台組にして入れています。
36カ所の天井分散スピーカーは、すべて違う角度に設置しています。これらのスピーカーの機種選定や設置角度は狙うエリアの検討を重ね、ずいぶんと時間をかけて決めました。
稲生氏:
これらの天井分散スピーカーは遮音ボックスに入っていますが、最初はボックスの吸音が足りず特性があまり良くありませんでした。そこで吸音材を追加し、フェルトでスピーカーの背面を覆ったら、大きく改善しました。こうした細かいチューンナップは、実際に「ミューザ川崎」を運用している舞台の技術の方にお話を聞きながら改善していきました。
● やはり現場の声は重要なんですね。
稲生氏:
はい。現場の方の声は本当に重要です。たとえば、さきほどお話しました天井分散スピーカーのボックス吸音処理を施した時もホールの舞台技術の方が「この吸音がすごく効いた」など、ホールの音響状況の変化を伝えてくれます。その現場の声を聞いて「これは効いたな。じゃあ、今度はこれを全部にやってみよう」といったやりとりを繰り返し、チューンナップを進めていきました。
やはりホールの現場の方っていうのは催し物を実際に運用していますし、外部から来た方も、使った後に「良かった」とか「ダメだった」とか、言って帰るわけじゃないですか。現場の技術の方の的確な指摘は非常に重要だと思っています。
● 本日はありがとうございました。
稲生 眞 氏 プロフィール
1953年愛媛県生まれ、1975年 株式会社 永田音響設計入社、現在、理事。サントリーホール、幕張メッセ、新国立劇場、秋吉台国際芸術村、新木場STUDIO COAST、座高円寺、新歌舞伎座、臺中国家歌劇院、高崎芸術劇場、渋谷公会堂など200館以上の音響設計や舞台音響設備計画を担当。音響技術のみならず、舞台芸術の上演を支える活発で使いやすい劇場・ホールをめざす。
[設計] 入江三宅設計事務所
[劇場コンサルタント] 株式会社アクト環境計画
[音響設計] 株式会社 永田音響設計
[元請] アイ通信工事株式会社
外部リンク
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