お世話になっている皆さまより

ヤマハサウンドシステム10周年おめでとうございます

株式会社ステージオフィス
代表取締役 市来 邦比古

株式会社ステージオフィス 市来 様

ヤマハサウンドシステムが誕生した2009年は、私が舞台音響の世界に足を踏み入れて40年目、劇場設計や音響設備設計のお手伝いをはじめて20年目の年です。この20年の間、ヤマハサウンドシステムの前身の”ヤマハサウンドテック”と”不二音響”の両社には劇場・ホールの音響設備について深く学ばせていただきました。

振り返ってみれば仕事をはじめて30年目くらいまで、私は演劇の世界にどっぷり浸りこんできました。音響プラン、オペレーションだけでなく、必要とあれば舞台監督も照明も美術、大道具製作、小道具製作、演劇の舞台実現のためには何でもやってきました。音響機材もはじめはほとんどが手作りで、「無線と実験」「ラジオ技術」「トランジスタ技術」を購読し、これらの記事を参考に、スピーカー、アンプ、ミキサーを自作して、劇場に持ち込んで使っていました。

私は、石橋蓮司主宰の第七病棟という劇団に所属しています。この劇団は解散していないので、今も私は劇団員でもあります。そこでは劇場も自分たちで作っていたのです。廃館した映画館、下町の町工場、戦後を生き延びた古い木造倉庫、廃業した銭湯、廃校になった区立中学校の体育館、戦後すぐ建てられたガラス問屋の倉庫(水天宮の現在のヤマハサウンドシステム本社の隣あたりにあって縁を感じます)などなど、営業している映画館の客席を改装して劇場にしたこともありました。映画館と劇場では、要求されるサイトラインが異なるため、客席のかさ上げが必須だったのです。このような客席などの設計や工事(といっても大道具仕事ですが)をずっと手掛けていました。既成の劇場では得られない、その場所が持つ物語や時間によって積み重ねられた空気が大事だったのです。

演劇にのめりこむ一方で私は、クラシックバレエや現代舞踊の発表会やリサイタル、合同公演、フェスティバルなどの仕事に精力的に取り組みました。これらの会は関東を中心に多くの会館・ホールで行われ、その多くはヤマハサウンドシステムの前身の両者が手掛けていたところだと思います。

そんな私が今では劇場・ホールの新築、改修のお手伝いをしています。

前身の”ヤマハサウンドテック”と”不二音響”のころから含め、ヤマハサウンドシステムの皆さんとは多くの現場をご一緒してきました。私は、どのようなホールであろうと、そこに関わる人々にとって創造的な場所であるように願ってお手伝いをしてきました。そのことをヤマハサウンドシステムの皆さんがよく理解し、協力しあって、多くの劇場・ホールが生まれてきたのです。作品づくりも劇場づくりも、そして音づくりも同じものづくりだと考えています。つくることには絶えず創意工夫が必要です。チャレンジ精神といってもいいでしょう。長年の劇場・ホールの新築や改修、保守を着実に積み重ねた経験の中で培ったチャレンジ精神を私はヤマハサウンドシステムに感じ取ることができ、ともに仕事をしながら楽しく過ごしてこられたことは幸いでした。

劇場・ホールはひとつとして同じものがつくられるわけがなく、みな異なる目的、立地や背景をもって計画されているということを、ひとつひとつの劇場・ホールを手掛けるごとに現場から学んできました。そのひとつひとつを丁寧に作り上げれば作り上げるほど、その地域で愛される劇場・ホールに育っていくのです。そのことをヤマハサウンドシステムの皆さんと共に学んできたと思っています。

今後も地域に愛される劇場・ホールを目指して作っていってください。

 

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